
10日間の集中講義が終わった。主要な内容は金融関連法だったが、死刑制度についての講義が2日間あり、いろいろ考えさせられる内容であった。
以下は、今後曖昧な態度では済まされないであろうその制度についての考察を始めるに当たってのメモ。
【問題提起】
この制度について考えるきっかけとなる書物がいくつかある。ドストエフスキーの『死の家の記録』をそれに揚げる人も多い。私の場合は20年も前に読んだ『オーウェル評論集』の一編、『絞首刑』という短編がそうだった。
(以下紹介文より・・・) インドの帝国警察の警官としてビルマに勤務していたオーウェルは、ひとりのインド人が絞首刑にかけられる場面に立ち会う。絞首台に向かって歩いた男が、水溜りに近づくとふと歩みをそらして足が汚れるのを避けた。その瞬間、オーウェルの心に小さな衝撃が走る。すぐ命が絶たれるのに「生への愛おしみ」を保つ死刑囚。その姿に植民地支配者と現地住民の壁を越えて、同じ人間であることを了解する。
この制度の行き着く先の限界状況で、人間の尊厳というものが、殺す側と殺される側のそれぞれの論理を超えて、そっと現れるのは何故だろうか?
【思考上の制約】
思考の前提として、いくつかの制約を設けようと思う。
(1)宗教的哲学的思考の排除
哲学を排除する、ということ自体が一つの哲学でもあるので、これは一つの論理矛盾であるが・・・
生と死は境目のない運動であり(私にはこの考え方が今のところ一番しっくりくる)、そしてその運動自体が生死の(つまり存在の)本質ならば、死刑制度は意味を成さないだろう。したがって意味のない制度は廃止するべきだ、という思考は、元も子もなくなってしまうのでボツ。
(2)冤罪を理由とすることの排除
冤罪によって、間違って刑を執行される犠牲者を生まないために、死刑制度そのものを廃止するべきだ、という理由付けは、その効果を明確にできる点で実際的で、きっぱりとしてはいるが所詮は逃げの議論なのでボツ。何故そうするのかという論点を、実に効果的に移動している。
このように好ましい原則が先にあって、その方向へ論点と解釈を修正してゆくというパターンを使わない。
(3)社会政策論的なアプローチと一線を画する
いわゆる応報刑的な考え方を含め、社会生活上の所属者相互の了解を基礎に、なおかつ『法の支配』によって専断的な「人の支配」を排斥し、国家権力が正しい法に拘束されるとする原理を基礎に決定されたことだから・・・、という考え方があるが、それはそれとして認めつつもこのアプローチとは一線を隔する。『法』に基づいて『人』を殺すことの正当性は認められるのは理論のことであって、その理論はやはりどこまで言っても理論でありフィクションである。
死刑制度と犯罪数との関係を論ずる統計論も同様。統計とは事実の数量であるが、その解析や解釈は『説』であり、やはりフィクションの一つの表現であろう。社会契約や『法』も言い切ってしまえば便宜上のフィクションであると言うこともできる。しかし『人』の生命はフィクションではない。
(4)自己陶酔の排除
この制度の問題は、たとえそれが無意識(善意)のものだとしても、自己装飾に使うには罪が深い。テレビ討論などで見かけるような、死刑是非論を論ずる(問題として意識している)自分自身を好むゆえの議論に落ちない。
【比較衡量の試み】
上記(1)〜(4)の思考上の制約を設けた上で、いかなる思考が可能だろうか?
この点、死刑制度に直面する関係者に具体的に、属人的に何が起こっているか?を考え、比較衡量してみたい。
加害者には何が起こっているのか?
被害者側には何が起こっているのか?
我々はそれをいかに評価するべきか?
双方の現象を比較衡量することは可能だろうか?
そもそも比較して良いものだろうか?という問題も含めて、
今は答えを想定しないままで出発しよう。
今年の岡山はよく雪が降り積もります。

今朝は収穫した大根、かぶ、青梗菜(チンゲンサイ)、紅しぐれ大根を、山仲間とお寺さんにお届け。そろそろ今年のジャガイモの植え付けを考え始める。男爵、メークインに、昨年出来が良くなかったキタアカリをもう一度植えつけてみよう。
春の終わりごろには、やはり昨年ダメだったトウモロコシに再挑戦。今年はもう少しきちんと肥料を入れよう。一昨年は頂いた苗を植えつけて成功。その場で採りたてを食べると美味しかった。
約100坪の畑作りも今年で3年目、また雑草と競争する夏がやってくる。3年目となると少しは雑草も落ち着くだろうし、除草剤は一切使わないので、今年は筵(むしろ)を早めに敷き込むつもり。筵ならばそのまま穴を開けてスイカや南京ができる。
後悔や反省と新しい期待。畑仕事は平生の大事さを教えてくれる。

今朝は収穫した大根、かぶ、青梗菜(チンゲンサイ)、紅しぐれ大根を、山仲間とお寺さんにお届け。そろそろ今年のジャガイモの植え付けを考え始める。男爵、メークインに、昨年出来が良くなかったキタアカリをもう一度植えつけてみよう。
春の終わりごろには、やはり昨年ダメだったトウモロコシに再挑戦。今年はもう少しきちんと肥料を入れよう。一昨年は頂いた苗を植えつけて成功。その場で採りたてを食べると美味しかった。
約100坪の畑作りも今年で3年目、また雑草と競争する夏がやってくる。3年目となると少しは雑草も落ち着くだろうし、除草剤は一切使わないので、今年は筵(むしろ)を早めに敷き込むつもり。筵ならばそのまま穴を開けてスイカや南京ができる。
後悔や反省と新しい期待。畑仕事は平生の大事さを教えてくれる。
南光河原駐車場で車を降りた時点では、まだどのルートを登るか決めていない。元谷まで登って北壁全体のコンディションを見てからルートを決めることにしているので、とにかくクライミングの装備は全て持って行くはずが・・・ここで大事なギアを忘れたのは事実である・・・
元谷から北壁を眺める・・・

↑北壁西側のフェース
天候はまずまず、南岸低気圧が雪を降らせて去った後、弱い冬型の気圧配置になっているはず。ということは午後にはガスが上がってきて風も若干強くなる。
北を向いたそれぞれの谷筋にはたっぷりと新雪が積もっている。ここで考えることは主に2つだ。第1に壁がガッチリと凍っているかどうか?特に別山北壁や大屏風は、岩が緩んでしまう位に気温の高い時に登るのは危険だが、今朝は良いコンディションに見える。第2に壁の基部までのアプローチルートに新雪雪崩のリスクがあるかどうか?今日は規模は小さいながらもリスクがあるように感じる。
パートナーのTとしばらく相談した結果、別山バットレス北壁の中央稜に決める。ただしルートの開始地点までのアプローチは、普通は元谷小屋奥の尾根の東側を登るのだが、今日はアプローチ上部で弥山尾根付近からの雪崩もありえるので、尾根通しを登ることにした。つまり元谷小屋から中央稜ルート開始地点を目指して尾根上をラッセルすることになる。

↑別山バットレス北壁の中央稜ルート(赤のライン)
案の定、ラッセルは厳しい。腰までの積雪の中、急な斜面では胸までのラッセルをTと2人で交替しながら進む。約2時間のアルバイトで別山バットレスの基部に到着。改めて壁の状況を観察しながら、クライミング装備を身につける。
防寒着に着替えてハーネスを装着。ハーネスのギアラックに確保用のカラビナや制動器を掛けてゆく・・・なんか足りないな・・・オー、ピトン(ハーケン)を全部忘れた!冬壁用に買っておいたアングルピトン(氷雪の詰まった割れ目に打ち込むV字型のハーケン)とナイフブレード(同じく幅の広い割れ目用)各種・・・
ここでルートの状況を必死で思い出して、ピトン無しで行けるかどうか、気持ちの上で確認。ビレイポイント(確保地点)には残置ピトンや残置ボルトがあるはずなので、登ることには問題ない。この場合心配なのは、いざ壁の途中から撤退という時の懸垂下降や自己確保のために、それらのギアが要るかも知れないという懸念だ。

↑別山バットレスのプロフィール(弥山尾根から)
急な雪璧からルートを登りはじめる。隣の弥山尾根に3人パーティーが取り付いている。我々よりも早い時間にクライミングを始めていたが、最初のピッチをトップが登っているところだ。我々は開始地点から50〜60Mほど登って中央稜のリッジ上に出たが、まだまだ上部までコンティニュアス(お互いにロープで繋がっているがランニングビレイ以外の確保はしない)で登るのでスピードは速い。時間を忘れて中央稜を半分ほど登ったところでしばらく休憩。後続のTを待って、ここからはお互いを確保しながら登ることにする。

↑別山バットレス北壁中央稜のルート(赤のライン)
ところどころ際どい部分を乗り越えながら、2ピッチ登って核心部の凹角下部でビレイ。雪が降っているが風はほとんどなく、ノンビリしたクライミングだ。凹角の岩の部分まではアイゼンの前爪を氷雪璧に蹴りこんでのスムーズなクライミング、ただし頼りになるランニングビレイ(中間確保)はあまりない。そんな状況から凹角下に入り込んで初めて埋込みボルトにランニングビレイをとる。浮石を慎重に確認しながら、凹角をまたぐ体勢で登ると、股の間から急なリッジが切れ落ちているのが見える。凹角を突破して確保地点へ。今度はTが登るために確保する。
私はガイドクライミングでも何度もここを登ってるが、Tは今日がこのルートの初クライミング。凹角では少し苦労していたが、さすがにベテランだけに安定して登ってくる。実はここから上部にも、きついオーバーハングと、おっかないナイフリッジが待っている。
天候はまだまだ崩れてはいないが、雪と風が少しづつ強くなってきている。隣の弥山尾根を登っているザイルパーティは、まだ我々よりも100Mくらい下で苦労している。彼らは日没までにルートを登りきることが出来るだろうか・・・
次のピッチのオーバーハングを越えると、雪璧の傾斜がゆるくなり、やがて右上部に別山北壁の最高点が見える。そこまで1ピッチを残してビレイ点を作り、Tを確保。
最高点まで40M、その先は大山の頂上稜線までナイフリッジが続いているが、これがまたいやらしい。特にナイフリッジのクライムダウンには気を遣う。Tがトップで降りる。途中のコル(鞍部)で確保。ここからは再びコンティニュアスクライミングで頂上稜線を目指す。

↑別山山頂から右へリッジが続く
ナイフリッジを15分ほど登って頂上稜線の雪のプラトーに出る。ここで本日のクライミング終了。登ってきたTとガッチリ握手して、早々に装備を片付けて下山を開始する。
風雪がいっそう強くなり、6合目の避難小屋まで下る間に顔半分の眉毛や髭に氷が張り付く。吹雪が痛くて風上に顔を向けることは出来ない。これは冬の大山の稜線では普通のこと。しかし弥山尾根のザイルパーティーはまだ北壁を抜けていないと思われるので心配だ。あと2時間もすれば暗くなってくる。北壁を抜けさえすれば、頂上の避難小屋でビバーク出来るので安全だろう。
5合目の少し上から元谷側に下降。一般ルートを歩いて降りるのが面倒なので、元谷まで一気に滑って降りる。非常に快適。頂上から1時間で元谷に到着。北壁は完全にガスに覆われて、既に近づく者を拒否しているようだ。気がつけば、2人ともクライミングに夢中で昼飯を食べ忘れていた。それに気が付いた途端に腹が減ってきた。
元谷から北壁を眺める・・・

↑北壁西側のフェース
天候はまずまず、南岸低気圧が雪を降らせて去った後、弱い冬型の気圧配置になっているはず。ということは午後にはガスが上がってきて風も若干強くなる。
北を向いたそれぞれの谷筋にはたっぷりと新雪が積もっている。ここで考えることは主に2つだ。第1に壁がガッチリと凍っているかどうか?特に別山北壁や大屏風は、岩が緩んでしまう位に気温の高い時に登るのは危険だが、今朝は良いコンディションに見える。第2に壁の基部までのアプローチルートに新雪雪崩のリスクがあるかどうか?今日は規模は小さいながらもリスクがあるように感じる。
パートナーのTとしばらく相談した結果、別山バットレス北壁の中央稜に決める。ただしルートの開始地点までのアプローチは、普通は元谷小屋奥の尾根の東側を登るのだが、今日はアプローチ上部で弥山尾根付近からの雪崩もありえるので、尾根通しを登ることにした。つまり元谷小屋から中央稜ルート開始地点を目指して尾根上をラッセルすることになる。

↑別山バットレス北壁の中央稜ルート(赤のライン)
案の定、ラッセルは厳しい。腰までの積雪の中、急な斜面では胸までのラッセルをTと2人で交替しながら進む。約2時間のアルバイトで別山バットレスの基部に到着。改めて壁の状況を観察しながら、クライミング装備を身につける。
防寒着に着替えてハーネスを装着。ハーネスのギアラックに確保用のカラビナや制動器を掛けてゆく・・・なんか足りないな・・・オー、ピトン(ハーケン)を全部忘れた!冬壁用に買っておいたアングルピトン(氷雪の詰まった割れ目に打ち込むV字型のハーケン)とナイフブレード(同じく幅の広い割れ目用)各種・・・
ここでルートの状況を必死で思い出して、ピトン無しで行けるかどうか、気持ちの上で確認。ビレイポイント(確保地点)には残置ピトンや残置ボルトがあるはずなので、登ることには問題ない。この場合心配なのは、いざ壁の途中から撤退という時の懸垂下降や自己確保のために、それらのギアが要るかも知れないという懸念だ。

↑別山バットレスのプロフィール(弥山尾根から)
急な雪璧からルートを登りはじめる。隣の弥山尾根に3人パーティーが取り付いている。我々よりも早い時間にクライミングを始めていたが、最初のピッチをトップが登っているところだ。我々は開始地点から50〜60Mほど登って中央稜のリッジ上に出たが、まだまだ上部までコンティニュアス(お互いにロープで繋がっているがランニングビレイ以外の確保はしない)で登るのでスピードは速い。時間を忘れて中央稜を半分ほど登ったところでしばらく休憩。後続のTを待って、ここからはお互いを確保しながら登ることにする。

↑別山バットレス北壁中央稜のルート(赤のライン)
ところどころ際どい部分を乗り越えながら、2ピッチ登って核心部の凹角下部でビレイ。雪が降っているが風はほとんどなく、ノンビリしたクライミングだ。凹角の岩の部分まではアイゼンの前爪を氷雪璧に蹴りこんでのスムーズなクライミング、ただし頼りになるランニングビレイ(中間確保)はあまりない。そんな状況から凹角下に入り込んで初めて埋込みボルトにランニングビレイをとる。浮石を慎重に確認しながら、凹角をまたぐ体勢で登ると、股の間から急なリッジが切れ落ちているのが見える。凹角を突破して確保地点へ。今度はTが登るために確保する。
私はガイドクライミングでも何度もここを登ってるが、Tは今日がこのルートの初クライミング。凹角では少し苦労していたが、さすがにベテランだけに安定して登ってくる。実はここから上部にも、きついオーバーハングと、おっかないナイフリッジが待っている。
天候はまだまだ崩れてはいないが、雪と風が少しづつ強くなってきている。隣の弥山尾根を登っているザイルパーティは、まだ我々よりも100Mくらい下で苦労している。彼らは日没までにルートを登りきることが出来るだろうか・・・
次のピッチのオーバーハングを越えると、雪璧の傾斜がゆるくなり、やがて右上部に別山北壁の最高点が見える。そこまで1ピッチを残してビレイ点を作り、Tを確保。
最高点まで40M、その先は大山の頂上稜線までナイフリッジが続いているが、これがまたいやらしい。特にナイフリッジのクライムダウンには気を遣う。Tがトップで降りる。途中のコル(鞍部)で確保。ここからは再びコンティニュアスクライミングで頂上稜線を目指す。

↑別山山頂から右へリッジが続く
ナイフリッジを15分ほど登って頂上稜線の雪のプラトーに出る。ここで本日のクライミング終了。登ってきたTとガッチリ握手して、早々に装備を片付けて下山を開始する。
風雪がいっそう強くなり、6合目の避難小屋まで下る間に顔半分の眉毛や髭に氷が張り付く。吹雪が痛くて風上に顔を向けることは出来ない。これは冬の大山の稜線では普通のこと。しかし弥山尾根のザイルパーティーはまだ北壁を抜けていないと思われるので心配だ。あと2時間もすれば暗くなってくる。北壁を抜けさえすれば、頂上の避難小屋でビバーク出来るので安全だろう。
5合目の少し上から元谷側に下降。一般ルートを歩いて降りるのが面倒なので、元谷まで一気に滑って降りる。非常に快適。頂上から1時間で元谷に到着。北壁は完全にガスに覆われて、既に近づく者を拒否しているようだ。気がつけば、2人ともクライミングに夢中で昼飯を食べ忘れていた。それに気が付いた途端に腹が減ってきた。
今日のニュースをなんとなく聞いていると、メリルリンチが何とか・・・と聞こえてきました。一昨年まで東京の事務所で一緒に仕事をしていた方がメリルの元日本支社長だったので、あれっと思ってニュースを聞いてみると、みずほコーポレート銀行(?)がメリルリンチに資本参加して、サブプライム問題で弱体化しているメリルの救済に参加するとのこと。それは国際社会での日本の金融機関の存在感を再認識させることになるだろうと・・・
バブルの頃、三菱地所がNYのロックフェラーセンターを買ったりしてはしゃいでいた事を思い出しました。結局は、大損して売却するという無残な結果となったバブル劇でも、日本の存在感を誇示したいという心理を上手にくすぐられた要素があったと思います。
その後、日本の金融機関が失われた10年に落ち込んでゆくと同時に、外為法が技術的に改正されたりして、日本人や日本企業によるドル預金(要はドル買い)が奨励され多くの人がドルを買って外国金融機関に預金した時期がありました。その結果、アメリカのITバブル崩壊に直面し、日本人資金が大幅に目減りしてご帰還。結局、日本人のドル預金はアメリカのITバブル崩壊をソフトランディングに終わらせるのに役立ったので、アメリカは感謝くらいはしてくれたでしょうか?その後、役目は終わったとばかりにウォール街出身のルービン財務長官が辞任したと覚えています。
そしてここ数年、景気の良くなった(企業収益で過去最高になった)日本がアメリカの国債をどんどん買って資金を供給し、アメリカ人が借金をして消費したり、住宅を建てたりに使われ、アメリカの内需拡大に貢献しましたが、その結果、サブプライムローン問題で住宅バブルが崩壊し、国債やサブプライムローンを組み込んだ金融商品も下落して、やはり日本の資金はアメリカの使い切りとなりました。
そして今、今度はそのサブプライムローン問題の延長で体力の弱ったアメリカの金融機関に資金協力。その資金もアメリカの使いきりで、いかなる形でも日本には還元されない資金となるでしょう。しかしそれは日本の存在価値を世界に知らしめることになる、とテレビニュースは言います。

アメリカの国家百年の計を考える連中というのは、本当に頭の良い人たちがいるのでしょう。彼らは無から有を生むのです。日本にも優秀な人材はいるはずですが、そういう人たちの多くが官僚システムに取り込まれてしまうので、国家(それが日本政府なのかアメリカ政府なのか疑問ですが)の言う通りのことを忠実に現実化することには優秀でも、決して無(未だ無である未来)から有(国家の戦略)を生み出すことはないのです。
今、日本の株価が下がっているのは、これから(1月29・30日のFOMC以降に)始まる株価の上昇に向けて、外資やヘッジファンドが仕込みをしていると考えたほうが妥当でしょう。これから始まるアメリカの戦略は、過去に日本の資金をアメリカに誘い込んで使い込んだ戦略とは逆に、日本の資金市場に乗り込んで日本の資金を使い込む戦略です。
日本には、世界中の個人預金資産よりも大きな資金、『郵便貯金』という巨大資金があります。既に郵政公社は民営化され、資金市場における聖域ではなくなっています。三角合併も合法化されました。日本ではこれから徐々に株価が上昇し、郵便貯金を初めとする個人資産が動き始め、その大部分が三角合併による企業のアメリカ化などを通して、アメリカの資金として吸い上げられてゆくことになるでしょう。
そんな中で我々個人はどう行動すれば良いか?負けて勝つという戦法を具体化すれば良いのです。その方法はここでは書かないでおきましょう・・・
本当に日本のマスコミ(報道)はレベルが低いということを痛感しなければなりません。年金問題にしても、名簿が正確かどうかよりも、その年金自体が残高として確保してあるのか?財政投融資などで不良債権化しているのでないのか?というところを追求するべきなのですが・・・マスコミは、名簿が確認できました。めでたしめでたし。とやるでしょう。頼るべきは自分達の頭脳と体力。来たらざるを頼む勿れ我に備えあるを頼む。
バブルの頃、三菱地所がNYのロックフェラーセンターを買ったりしてはしゃいでいた事を思い出しました。結局は、大損して売却するという無残な結果となったバブル劇でも、日本の存在感を誇示したいという心理を上手にくすぐられた要素があったと思います。
その後、日本の金融機関が失われた10年に落ち込んでゆくと同時に、外為法が技術的に改正されたりして、日本人や日本企業によるドル預金(要はドル買い)が奨励され多くの人がドルを買って外国金融機関に預金した時期がありました。その結果、アメリカのITバブル崩壊に直面し、日本人資金が大幅に目減りしてご帰還。結局、日本人のドル預金はアメリカのITバブル崩壊をソフトランディングに終わらせるのに役立ったので、アメリカは感謝くらいはしてくれたでしょうか?その後、役目は終わったとばかりにウォール街出身のルービン財務長官が辞任したと覚えています。
そしてここ数年、景気の良くなった(企業収益で過去最高になった)日本がアメリカの国債をどんどん買って資金を供給し、アメリカ人が借金をして消費したり、住宅を建てたりに使われ、アメリカの内需拡大に貢献しましたが、その結果、サブプライムローン問題で住宅バブルが崩壊し、国債やサブプライムローンを組み込んだ金融商品も下落して、やはり日本の資金はアメリカの使い切りとなりました。
そして今、今度はそのサブプライムローン問題の延長で体力の弱ったアメリカの金融機関に資金協力。その資金もアメリカの使いきりで、いかなる形でも日本には還元されない資金となるでしょう。しかしそれは日本の存在価値を世界に知らしめることになる、とテレビニュースは言います。

アメリカの国家百年の計を考える連中というのは、本当に頭の良い人たちがいるのでしょう。彼らは無から有を生むのです。日本にも優秀な人材はいるはずですが、そういう人たちの多くが官僚システムに取り込まれてしまうので、国家(それが日本政府なのかアメリカ政府なのか疑問ですが)の言う通りのことを忠実に現実化することには優秀でも、決して無(未だ無である未来)から有(国家の戦略)を生み出すことはないのです。
今、日本の株価が下がっているのは、これから(1月29・30日のFOMC以降に)始まる株価の上昇に向けて、外資やヘッジファンドが仕込みをしていると考えたほうが妥当でしょう。これから始まるアメリカの戦略は、過去に日本の資金をアメリカに誘い込んで使い込んだ戦略とは逆に、日本の資金市場に乗り込んで日本の資金を使い込む戦略です。
日本には、世界中の個人預金資産よりも大きな資金、『郵便貯金』という巨大資金があります。既に郵政公社は民営化され、資金市場における聖域ではなくなっています。三角合併も合法化されました。日本ではこれから徐々に株価が上昇し、郵便貯金を初めとする個人資産が動き始め、その大部分が三角合併による企業のアメリカ化などを通して、アメリカの資金として吸い上げられてゆくことになるでしょう。
そんな中で我々個人はどう行動すれば良いか?負けて勝つという戦法を具体化すれば良いのです。その方法はここでは書かないでおきましょう・・・
本当に日本のマスコミ(報道)はレベルが低いということを痛感しなければなりません。年金問題にしても、名簿が正確かどうかよりも、その年金自体が残高として確保してあるのか?財政投融資などで不良債権化しているのでないのか?というところを追求するべきなのですが・・・マスコミは、名簿が確認できました。めでたしめでたし。とやるでしょう。頼るべきは自分達の頭脳と体力。来たらざるを頼む勿れ我に備えあるを頼む。

久しぶりの国際政治経済ネタです。
年初の株式市場は616円下げて14691.41円で昨年来最安値となりました。増田氏によれば昨年来のアメリカのサブプライムローン問題で世界的に信用収縮しているせいとのこと。
確かにアメリカでは今、消費減退、雇用縮小、ガソリン代上昇、ドル安による輸入物価上昇などにより景気後退が進み、インフレがさらに加速してスタグフレーションに陥ろうとしているようにも写りますが・・・
前述の。増田氏によればサブプライムローン問題は利下げ、資金供給増に加えて財政出動をしなければ解決が長引き、実体経済が不況に陥ってしまう危険があるので、1月29・30日のFOMC(米連邦公開市場理事会)での利下げ決定と同時に、財務省から財政出動の発表が行われると言われています。
この時、株式相場は急上昇に転じると思われますが、注目するべきはそういった表面的な金融現象ではなく、このような財政的なテコ入れ自体が、米経済が住宅バブルと中心とした内需消費型から、外需依存型に方向転換するための戦術として機能していることです。
既にアメリカの国内金融構造転換が行われているとすれば、それは住宅バブル崩壊で破綻する個人向ローン会社を、企業融資主体の金融機関が安く買収するという現象となって現れるはずです。そうして体力をつける企業融資主体の金融機関の融資先は、やはり兵器産業とその周辺産業なのではないでしょうか?
確かに視点を変えてみれば、このサブプライムローン問題でアメリカ発行の金融商品(債権)が暴落すると言うことは、その金融商品の買い主(ほとんどが日本など米国外の資金)が大損をすると同時に、アメリカ側は債務が減って大きな得をすることになります。借金の額は減るが、借金をして投資した実体(住宅などの消費財)は小さくもならなければ消えもしません。アメリカは大量の住宅を外国から破格の安値で建ててもらったことになります。ここに、サブプライム問題で騒げば騒ぐほどアメリカが有利になる仕組みが見えます。日本のマスコミは報道に関しては無能ですが、太鼓持ちとしては有能です。
ドルという基軸通貨を持つアメリカは、ニクソンショック(金本位制の放棄)以降、印刷機を回せば回すほどいくらでも国際決済通貨をゼロから生み出すことが出来る国家となりました。そのドルの機軸性を防衛するために、イラク(オペックの原油決済通貨をユーロに替えようとした)を潰すことまでする国です。
しかし、今後のアメリカの戦略は少し角度が変わるように感じます。ドル紙幣を印刷して世界中にばら撒いた結果、借金はチャラに出来そうなので、もうドル印刷機を守る必要ななくなった。ところが、あまりに安易に富を偽造し続けた結果、世界的にいくつかの経済ブロックが成立して行きそうな今後、アメリカが中心となる経済圏は弱体化している。地道なトレーニングをせずに筋力増量剤に頼りすぎた結果です。そこで、これからは実体経済(金融テクニックで富を産むのではない製造業など)を強化したい。
その戦略は、テロ戦争を通して世界唯一の覇権国家のパワーを信用の元手に住宅バブルを演出した時点で既に始まっており、誰もがアメリカのパワーにひれ伏してありがたくドルを頂戴した後で、実はそのドルはもう価値がないけど責任は自分で取ってください。我々アメリカは国内経済に専念いたします。というわけです。
物を作って、売って、外貨を稼ぐ。そのためには製品を買ってくれる市場を確保しなければならない。製品が兵器ならば、市場となるのは戦争と国際的な緊張です。
今回の大統領候選でも民主党が政権を取れないのは、アメリカの国家戦略から当然といえるかもしれません。ヒラリー・クリントンが政権を取れば、政治の精度は上がるでしょう。しかしそれだけ芸が細かくなり、ブッシュのように『エイヤ!』と戦争は出来ません。アメリカという国家の意思が選択するのは、民主党候補オバマに共和党候補ハッカビーが勝利することではないでしょうか?ハッカビーは牧師さん。世界を相手に大芝居を打つような役者には見えませんが、アメリカが裏で世界各地の地域紛争を操作しながら、表向きは国内政治に内向きになっている体を取るには、うってつけの大統領になるのではないでしょうか?
1月29・30日のFOMC以降、アメリカは外需依存型への転換を加速します。勿論、最上客はミサイル防衛システムやイージス艦を発注してくれる日本です。アメリカとしては、日本に兵器を買わせるために北朝鮮には元気でいてもらわなければなりません。だからテロ国家指定も解除するし、核施設も廃絶から無能力化にレベルを下げる。一方で、兵器を購入する途上国に円借款を続けさせるために日本は好景気にしておく必要もあります。実際、バブル崩壊後の地道な体質改善で、日本の企業収益は過去最高であると同時に、民間では景気後退に対する緊張感が持続しているので再バブルのリスクは小さい。日本の景気が良くなっても、どうせ大部分の企業オーナー(株主)は外国人と海外のヘッジファンドだし、途上国の兵器購入はアメリカだけでなく、ロシアも中国もフランスも歓迎する・・・
富を求めて人工的に造られたアメリカという国家は、富を追求することを止めれば存在意義がなくなる国家です。戦略国家アメリカの凄さ(恐さ)は、その誕生時から、平和の追求ではなく、自由の追求でもなく、ただただ富の追求に一貫していることです。


