ヤマサキ日記

問余何意棲碧山 笑而不答心自閑 桃花流水窅然去 別有天地非人間

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スクラップアップロード

日頃見かけた画像のアップです。まずはヘェーと思えるのから・・・

下の画像の中の黒点をしばらく見つめて下さい。

CLvcc.gif



画像と動画を4点。笑う門には福来る。


s-news01.jpg
ちょっと古いネタですが・・・



s-news02.jpg
田宮さん、実直で、私は良いと思います。



s-news03.jpg
ん・・・




むっちゃ風邪ひいて〜ん!

[ 2010/01/10 09:33 ] その他 | TB(-) | CM(0)

地球温暖化は本当か?嘘か?

COP15では鳩山首相が、2020年(平成32)年までに1990年比で二酸化炭素(Co2)など温室効果ガスの排出を25%削減するという目標数値の実現を改めて宣言した。それはそれで良いことだ。

その目標を追うことと並行して、電気自動車も普及するだろう。日本の国土の大半は自動車がなければ生活がままならない"地方"だが、高速道路無料化と相まって料金所の廃止や出入口の増設を進めることによって、そういう"地方"での道路利用が効率的になり、それは都市部に偏りすぎた労働人口を地方に分散するという構想につながる(高速無料化の論点は渋滞とかJRが困るとかではなく、人口分散による国民生活の大きな転換にあると思う)。




一方で、COP15やIPCC(2007年にノーベル平和賞を受賞した"気候変動に関する政府間パネル・Intergovernmental Panel on Climate Change)の理論基盤になっている『地球温暖化』について、最近気になる論争がある。

それはこんな電子メールの公表(ハッカーによる暴露だった)から始まった。

「僕は、マイクがネイチャーに載せた論文で使ったトリックを使って、過去1981年以来の20年間の地球の平均気温変化と、キースが算出した1961年以来の平均気温変化の、温度低下傾向を隠した。」

「I've just completed Mike's Nature trick of adding in the real temps to each series for the last 20 years (ie from 1981 onwards) amd from 1961 for Keith's to hide the decline. 」


"僕"とは気候変動、地球温暖化説の本家本元である英イーストアングリア大学にある気候研究所(CRU)のフィル・ジョーンズ所長(Phil Jones)、"マイク"は有名なホッケースティックグラフを雑誌『ネイチャー』に発表したマイケル・マン博士、"キース"はCRUのキース・ブリファ副所長(Keith Briffa)であるという。

暴露されたCRU関係者の電子メールやデータ類は、世界中のブログやデータ共有拠点で公開されている。例えば上のメールは"942777075.txt"というデータ名で多くの人が閲覧し、日本以外の多くのマスコミが取り上げ、多くの説明や弁解や議論が今もつづいている状況だ。

要するに、『ネイチャー』に発表された有名な論文グラフ(過去1000年間気候変動の内、900年間は年平均気温が横ばい、最近の100年だけ年平均気温が急騰して、ホッケーで使われるホッケースティックを横にして置いたような形になっている)は、樹木年輪からの想定値と、過去100年程度の実測値のデータを恣意的に取捨選択して、人為的な炭酸ガス排出による気温上昇を"捏造"したものであることが、ほぼ確定してきている。




そもそも温暖化問題の背景には、中国をはじめとする開発途上国への足枷としての意味と、炭酸ガス排出ビジネスを主導してもう一度マネーゲームで儲けたいという、欧米のある階層の意図が絡み合う構図があると考えていたが(ヤマサキ日記・2007/02/21(Wed)・不都合な真実は誰に都合が良いか?)、今回のCOP15での米中の対応を見ていると、どうも様相が変わってきているらしい。

新たに見えるのは世界の多極化に伴う"世界政府"を志向する方向だ。実際に今回は本当に実りが少なかったといわれるCOP15でも、IMFや世界銀行が管理する"世界課税"を環境問題対策税とするという大枠は決まっている。

これは面白い方向だと思うし、日本のマスコミでは報道されない"新しいゲーム"がすでに始まっているというべきだろう。

民主党政府も、中国との関係改善、普天間米軍基地のグアム全面移転(これもすでに米国内では既定の方針らしい。民主党は社民党に花をもたせると同時に党内外の守旧派への言い訳に社民党を使うのだろう。)等を見ると、すでに米中の未来予想図に合わせて動いているように思える。




[ 2010/01/02 09:49 ] 考え事日記 | TB(-) | CM(1)

遭難者の視点で見る雪崩事故

今年はトムラウシの大量遭難をはじめ、悲惨な山岳事故が多かった印象ですが、山が本当の恐ろしさをむき出すのはこれからです。雪山のシーズンがきます。



この映像は、スキーヤーが雪崩に巻き込まれて救出されるまでの一部始終ですが、この人は助かったから良いものの、実際には助からなかった人が多いわけで、絶望と希望の間を迷いながら、パニックになるかも知れないし、こんな光景を見ながら、死んでゆくのだなぁ…と思いました。ハッピーエンドですが、そういう意味ではとても怖い映像です。

雪の中から救出されたスキーヤーの視点で見る雪崩事故


仲間は・・・ありがたいなぁ・・・よかったなぁ・・・



大学山岳部では、雪山での行動時間は10:00〜15:00(雪崩タイム)を外していました。雪崩そうな日は、何となく朝から嫌な予感がしたものです。

それでもまだ危険がありそうな時には、出来る限り斜面のトラバースを避け、どうしても必要な場合も一人づつ斜面を渡りました(犠牲が1人で済むように・・・)

もし雪崩が発生した場合は、次のことを反射的にできるように訓練を繰り返しました。

(1)雪崩の通路を予測して真横に逃げる(もちろんザックは捨てる)。
(2)避けられないなら、アックスやアイゼンを打ち込んで"耐風姿勢"で踏んばる。
(3)ふっ飛ばされる際には『山岳部の馬鹿ー!!』と叫んで・・・
(4)雪の中を流される時は暗くなったり明るくなったりするので、明るい方へ"泳ぐ"。
(5)流れが止まったら、可能ならば鼻と口の前に空間を作っておく。
(6)あとは仲間を信じて待つ。(仲間がいて無事ならば助かる可能性あり)

実際に雪崩にあった先輩に聞くと、雪崩の中で暗くなったり明るくなったりするのは雪崩の表層と底、体が上向き下向きで変化するからだそうです。

僕も最初のヒマラヤ遠征で雪崩(表層の雪板雪崩)に遭った経験があります。6000m程の高度で、上部キャンプへ荷揚げの途中、雪面に割れ目が走って、一斉に落ちてきました。この時は何とか踏ん張ることが出来ましたが、自分の位置から100mほど下は断崖になっていたので・・・



[ 2009/09/29 12:35 ] アルピニズム的こころ | TB(-) | CM(0)

ネパールの灯明祭

最初にネパールの6500m級の未踏峰に登った時、西北ネパール奥地のジュムラまで帰り、そこからインド国境のネパールガンジまで貨物便の空きに乗せてもらい、ネパールガンジからカトマンズまで夜行バスで帰りました。

HangingGlasierPeaks.jpg
初めてのヒマラヤHangingGlasierPeaks(6563m)

登山が終わって、ネパールガンジで数か月ぶりにコーラや肉類を貪ったせいで、夜行バス内では下痢と暑さに苦しみ、おまけに社内に流れるネパール民謡の大音響に頭がクラクラ。

時折通過する街や村を眺めていると、家や商店がきれいに電飾されていたり、村人がバスの窓に向って懐中電灯を振って微笑んでいる姿が・・・

これはどうしたのかと聞くと、それはネパールの祭り『ティハール』だと、他の乗客が教えてくれました。



tihal1.jpgtihal2.jpg

ティハール
ネパールで第2番目に大きい位置づけにある、国民的祭。ヒンドゥ教のラクシュミ女神を祀るため、日没後、光を灯すことから、『光の祭』と呼ばれることも。ティハール祭の最終日には、兄弟姉妹が集まり、お互いの幸せと健康を祝う。街中電飾でライトアップされるきれいな祭で、旅行者にとっても、視覚的に楽しめる。ラクシュミプジャの日から、日没後、子供たちがかわいい歌や踊りを披露しながら、家々を回る習慣がある。



ネパール最大の祭り『ダサイン』が終わった後の少し落ち着いた感じの祭りで、特にカトマンズ市内は電飾がきれいだし、この時期にネパールを訪れるトレッカーは楽しめると思います。

≪今年(2009年・ヴィクラム歴2065年)の予定≫
10/15 ティハール初日
10/16 カーグ・ティハール(カラスにプジャをする)
10/17 ククル・ティハール(犬にプジャ)・ラクシュミ・プジャ(ラクシュミ女神のプジャ)
10/18 ガイ・ゴルプジャ(牝牛、牡牛にプジャをする)
10/19 ゴバルダン・プジャ(神聖なる牝牛の糞にプジャ)・バイティカ(兄弟姉妹でプジャ)

puja2.jpgpuja1.jpgpuja3.jpg

行きたいなぁ・・・


[ 2009/08/28 10:44 ] 私的登山の報告 | TB(-) | CM(0)

ジョン=バーカー(John=Bacher/米)

大学山岳部に入部してクラシックルートのロッククライミングに没頭していると、1〜2年で劔や滝谷の岩場では満足できなくなる時期が来る。そして国内のビッグウォールに足が向くようになるのだが、必然的にエイドクライミングが中心となる。

当時のクリーンクライミング(なるべく岩を傷つけず人工物も残さず登る)の影響を受けて・・・というよりはボルトなど打つのがしんどいので、ナッツやフレンズをたくさん使ったが、どちらかといえばコパーヘッドやラープをバシバシ叩き込んで登るジム=ブリッドウェルやグレッグ=チャイルドのアメリカンエイドの方が好きだったので、ロストアローの固め打ちにタイオフだ!スカイフックだ!と、工事のようにガシガシと登っていた。

私の場合はフリークライミングには向かわなかった。フリークライミングはトレーニングにするもので、あくまで本チャンの壁が好きだから、と言い訳しつつ、実は岩雪の記事でジョン=バーカーというクライマーの写真を最初に見たときに『これは無理』と決めてしまった影響が大きい。

これがその『岩と雪』の表紙写真である。

midnightlightning.jpg

・・・Midnight Lightning(V8)を登るバーカーの写真は、この岩雪72号発行当時は相当の衝撃だったという。まだジョン=ギルを知る前だったので、これは無重力の宇宙遊泳にしか見えなかった。左手などは何をホールドにしているのやら・・・

それだけで自分のクライミングの世界とは別物と線を引いてしまったが、バーカーがノーズとハーフドームを14時間で登った等、ニュースはその都度気になってチェックしていた。

ThankGodLedge.jpg
↑嵐の後、ハーフドームのThank God Ledgeに座っているジョン=バーカーとピーター=クロフト(1986年エルキャピタン/ハーフドームのワンデイアッセント)



そのジョン=バーカーが、7月5日、カリフォルニアのマンモスレイクに近いダイクウォールでフリーソロの途中にグランドフォールして亡くなった。享年52才。もっともこの年齢まで第一線でフリーソロを続けていたということにも驚いた。

JohnBacherOld.jpg
In every sport there are men, myths and legends. In the world of rock climbing and free soloing without a rope, there is only one name that fits all three: John Bachar. (JohnBachar.comより)



バーカーのクライミングから思うのは、極度に困難なクライミングにおいて、その困難さには技術的困難と心理的困難があるということ。そしてバーカーと同レベルの技術的実力を持つクライマーであっても、バーカーと同じフリーソロというスタイルにはなかなか接近出来なかったということは、つまりバーカーの天才はその技術ではなく、その心理的な部分にあったということだ。

5.11dのルートをロープによる確保付きでリードできるなら、ロープなしで同じように体を動かせばフリーソロでも登れるはずだ。ということが、フリーソロというスタイルの立脚点だ。したがって、5.10aがやっと登れる人は5.11dのフリーソロは普通やらない。そこにはいわゆる"見切り"という心理現象がある。

たとえば、手摺の無い幅50センチ長さ100メートルの橋が高さ1メートルにあったら、私はそれを渡ることが出来る。しかし手摺の無い幅50センチの同じ橋が東京都庁の2つのタワーの間に渡してあったら、私はそれを渡ることが出来ない。幅50センチの橋を歩く技術はあるが、その技術を高さ150メートルでは発揮できないからだ。

しかしバーカーはこう考えたかもしれない。同じ幅50センチ長さ100メートルなら、高さが1メートルでも150メートルでも同じはずだと。つまりこれが"見切る"こういうことだろう。

フリーソロの一部・・・すごい
CrackAGoGo.jpg
Crack A Go Go(5.11c)
Gripper.jpg
Gripper(5.10b)
FiveandDime.jpg
Five+Dime(5.10d)
ReedsDirect.jpg
Reeds Direct(5.9)
OntheLamb.jpg
On the Lamb(5.9)
NewDimensions.jpg
New Dimensions(5.11a)



バーカーが珍しくロープを組んでTuolumne Meadowsに拓いたthe Bachar-Yerian(5.11c)には、500フィート(約150メートル)のルートにボルトは13個しかなく、その全てがルートをリードして開拓しながら設置されたものだ。
Bachar-Yerian.jpg
ボルト13個で初登するということは、もっとたくさんのボルトを打たなければ登れないのなら登らない、という意志の表れだ。真似は出来なくとも、自分を自分の実力以上のものに仕立てあげようとしなかったその心映えには、ただ頭が下がります。



JohnBachar.jpg

Climb High John!

Rest in Peace.








[ 2009/07/20 05:57 ] アルピニスト列伝 | TB(-) | CM(0)
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