岡山大学山岳会・岡山大学山岳部

ネパール西部・ダウラギリ地域の学校と村落支援・交流活動

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大日岳の事故と事件(山崎)

北アルプス大日岳の事故と事件 を読んで (登山行為と刑事責任-1-事例検証1)


登山行為と刑事責任 -1- 事例検証 1

後述の事故の場合、故意が無いことには異論がないと思われる。では、過失があるといえるか?過失を構成する内容を注意義務違反と考え、その注意義務の本質を予見可能性と結果回避可能性を前提とする結果予見義務及び結果回避義務とする(新過失論)ことから問題となる。


2000年3月5日、文部省(当時)登山研修所主催の大学山岳部リーダー冬山研修会の研修中、大日岳山頂付近で巨大な雪庇が崩壊し11名が転落。研修生の学生2名が雪崩に流されて行方不明となり、その後の捜索により5月と7月に遺体となって発見された。

2000年4月、事故原因を明らかにし、再発防止のための方策を探るため、雪氷学、測量学、登山など各方面の専門家の力を結集して「事故調査委員会」が設置され、2001年2月に報告書『北アルプス大日岳遭難事故調査報告書』が発表された。

2002年6月、所轄署である富山県警上市署は研修会の講師10名、所長、専門職に対して事情聴取を実施。そして、主任講師であった山本一夫氏、死亡した2名の担当講師の高村真司氏は同年11月に業務上過失致死罪容疑で富山地方検察庁に書類送検された。



結果的に、刑事裁判では「不起訴」、民事裁判では1億6700万で「和解」になった遭難事故(事件)で、前記報告書は「被疑者」となった2人の登山家と支援する人々の記録ですが・・・

私には、登山行為の根底にある「自己責任」や「危険に対する覚悟」といった登山者の主観(価値観)から出発して「偶然に起こった事実の意味」を考えたい精神と、刑事事件として山岳遭難に司法が介入する場合の当然の方法として事実関係の中での「過失責任の所在」を確定したい方法論とのぶつかり合いと思えました。

「事実の意味を考えたい精神」と「事実を確定したい方法論」との摩擦が生まれるわけですが、結論的には、司法の場では「事実を確定したい方法論」を採用するべきであり、また同時に司法がある一定の結論を確定したからといって、それが事故の本質的意味を説明するものではないことを覚えておかなければなりません。



私自身も、現場の登山家として、やはり事故の「偶然に起こった事実の意味」に重点をおいて主観的に考えるでしょう。したがって、考える要素は客観的事実のみとはなりません。

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【大日岳山頂に大きく発達した雪庇】

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【北アルプス大日岳遭難事故調査報告書
(H13年2月・北アルプス大日岳遭難事故調査委員会)より】

大日岳周辺の地形で風下側に張り出した吹き溜まりと雪庇付近を引率して登る場合、登山では稜線から庇のように張り出した雪庇は慎重に扱いますが、山稜から風下側に堆積した雪の吹き溜まりは安定したものと捉えることが多いので、実際25~30mであった雪庇(吹き溜まり+庇部分)を、庇部分(10m程度)のみ危険と捉えたと思います。それに加えて、現場での天候、寒気、視界、風速、疲労度、パートナーの状態、自分自身の心理など、これらを総合して実感するように分析して、初めてこの事故で偶然に起こったことが私にとっての意味を持ちます。

もっとも、このように主観的な意味を求める精神には、事故の原因となった事実の因果関係を軽視してしまう危険性を孕んでいて、客観的に考えられる事まで主観によって硬直させてしまうこともあるので、その意味は、私だけに意味のあるものでしかありません。



こうした考え方から、もしこの事故の原因が講師の判断ミスと言えるかと聞かれれば、崩壊したのは庇の形状に張り出した所謂「雪庇」ではなく、その根元の吹き溜まり部分から先の崩落であって、普通は安定している吹き溜まり部分に乗ったことは「判断ミスではない。崩落は偶然であり、講師の注意義務違反はない。」と考えます。ここでまた私は「偶然」という言葉を使います。

登山においては「偶然」というのは理解可能なものであって、登山者は山での偶然の出来事を受入れることが出来るし、かえってその「偶然」そのものに登山という行為の部分的本質を感受するのが本物の登山家とも思えます。しかしながら司法では、「偶然」にも何らかの因果関係が求められます。法や裁判は「偶然」を「偶然」のままでは扱うことが出来ないからであって、これはこれで罪刑法定主義と適正手続きの点で正しい考え方といえると思います。



そうした思想の違いを際立たせる部分がありました・・・

「わたしは日頃、登山中の事故に『不可抗力はない』。事故はすべて自分たちのミスによって、『起こるべくして、起こるものだ』と言い続けてきました。山に登るときはその気持ちをもちつづけて来ました。今回の事故は私のミスによるものだと思っています。ご遺族の皆々様に、この場をお借りして、あらためて深くお詫び申し上げます」
事故報告会の席上で山本一夫氏のこの発言に文科省は激怒したわけですが、むしろこれは山本一夫氏という登山家のごく自然な言葉で、人としての資質、その人柄が端的に現われていると思います。そして、こういう人を仲間と思いたいと感じます。

これに対して、被疑者側弁護士三野氏は指摘します・・・「あの時ああいうことは考えられなかったとか、こういう事も出来たのではないかと、1人の登山家として事故の真相に迫ることは」「事件=裁判では自分の過失を認めるのだなということになり」「つっこまれてしまいます」・・・「なぜ、どのように事故が起きたのか、今後どうすればいいのかを徹底的に議論できるのは」「裁判ではない」・・・



登山としての真相究明と、手続きとしての司法捜査は、両立しないのでしょうか?確かに司法の場では両立しません。しかし、考えてみると、過去の事故を清算するために「事実を確定したい方法論」と、事故から学んだことを未来に活かすために「事実の意味を考えたい精神」とは、それぞれの場で双方が実践されることにより活かされます。

司法手続きは終わりました。我々には、それぞれの立場でこの事故の意味を考えるときが来ています。この本は「山岳事故における法的責任」、「大日岳遭難事故に関わる雪庇の形成と破壊に関する考察」、「大日岳の巨大雪庇」などの分析によって、考える材料を必要なだけ与えてくれます。さらに十分な材料を求めるには、我々は山に戻らなければなりません。



それにしても・・・山岳会や登山グループでリーダーがメンバーを引率する場合でも、もし事故が起こった場合はリーダーとしての「注意義務違反」を問われ、場合によっては「業務上過失致死傷害罪」で告発される可能性を、我々は認識するべき段階です。「業務上過失致死傷害罪」は親告罪(告訴がなければ事件にならない)ではないので、遺族や被害者の告発・告訴がなくても立件される可能性があります。山岳会や登山グループではこの点のリスクマネジメントについても、登山準備段階から現場での危険性や判断基準を文書化し周知するなどの対応が必要でしょう。

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[ 2010/09/15 08:51 ] その他もろもろ | TB(-) | CM(0)

トムラウシ大量遭難死について(山崎)

P1000033.jpg

昨日このニュースを聞いて、この会社がとうとうやってしまったか・・・という感想。おそらくは疲労凍死で亡くなった方々は、本当に気の毒で残念だ。

しかし、やはり過去の事故が教訓として活かされていないことがもっと残念だし、他の登山ツアー主催会社も含めて、何故このことを真剣に考えないのか、理解できない。人の命が大切だということが分からないのか?

『羊蹄山中高年ツアー登山の遭難事故分析』
『ある遭難裁判判決に寄せて』

予見可能な危険に対する注意義務違反で業務上過失致死という明確な判例(地裁)があるのだから、登山ツアーを催行する旅行会社、参加するお客も現場スタッフも、もっとしっかり考えるべきだ。未だに他人事のように考えている会社が多いのではないだろうか?



今回の事故について、未だ確実なデータは少ないが、遭難のおおよその状況とこの山の実状から考えると、この登山の企画運営をしている側(会社と山岳ガイド)の判断ミスが影響しているようだ。参加者(お客さん)の自己責任という議論もあるが、それは的外れだ。理想としては参加者も自分の責任で登山する、自分で判断するという意識は大切だが、山岳ガイドとは山頂まで連れて登り、安全に下山させることを伝統的に職責としている。お客さんから請け負ったならば、たとえ歩けない人でも、その場合に相応しい工夫をして、山頂まで案内して無事安全に連れて帰る職業だ。この場合、歩けない人が山の頂上に行くのは無謀だ、という抑止理由はどこにも発生し得ない。



ガイド登山としての望ましい形式ではない

『連れて登ってください』『では連れて登りましょう』そんな相互契約のもとで、お互いにパートナーとして登るのが本質であって、この会社のように参加者をピックアップしながら山へ向かうという感覚は、厳しいようだが、全く理解できないし間違っている。それで参加者一人一人の性格や体力を把握できるのだろうか?・・・出来ないと思える。中には特別にマークするべき参加者、特別にフォローするべき参加者も必ずいる。そこを個々に手当てして登らせる、あるいは一定の限度で帰らせるのが山岳ガイドの役割だ。その為には、お客さん一人づつを把握できる形態を持つ企画であるべきで、この会社の"寄せ集めて ほとんど知らない者同士で 一緒に登山する"(それがコスト安だから)という形式は間違っている

ここからは私の想像になるが・・・

こういう形式の場合、ちょっとした理由で、仲間であるはずのパーティーがばらばらになってしまうのではないか?今回の状況では、パーティーを分散することは自殺行為だろう。しかも無線は持っておらず(本来ガイド全員が無線免許と無線機を持つべき)、仲間や救助関係とのコミュニケーションは携帯電話・・・この辺りには、ガイドの経験を根拠に現場判断に任せている、会社側のコントロールが及ばない部分であったと言及する会社側の思惑とは別に、山の本当の恐ろしさを経験していないガイドのわきの甘さが出てしまっているのかもしれない。

遭難前の宿泊地であるヒサゴ沼非難小屋を出発したことが無謀だったという意見がこれから頻出するだろう。しかし小屋を一旦は出てみるということは間違ったことではない。小屋の中では判断できないこともある。実際に歩いてみて、そこで引き返さなかったことが最終的なミスであって、ここで突っ込んで行動不能者を出し、それでも引き返さずパーティーを少しづつバラバラに解体してゆく過程で、ガイドは自分のするべきことを、ガイドとして出来ることを、一つづつ捨ててしまった。安全を少しづつ拾い集めるというガイドの本分とは反対のことをしてしまったことは、やはり本物の経験をしていないことからくる一種のパニックなのかもしれない。

最近の登山ツアーはヒサゴ沼の避難小屋を平然と利用するが、ここはあくまで避難小屋であって営業小屋ではない。登山ツアー企画に最初から組み込む筋合いのものではないはずだ。ここになぜ避難小屋があるのかをガイドは考えなかったのだろうか?その本質をしっかり考えていれば、行動不能と判断して全員でヒサゴ沼まで引き返し、本来の"避難小屋"として使うことが出来たのかもしれない。



山岳ガイドの資質

熟練した優秀なガイドでも、厳しい山で不可抗力が多すぎた場合、お客さんもろとも遭難死してしまうことはある。それは日本でもヨーロッパアルプスでも同じ。その時1人でも多くの命を救えるかどうかは、山岳ガイドの資質(経験・体力・技術・装備準備力・説得力等など)に負うしかない。

もっとも有効なのは、決して尽きることが無いほどの体力と極限の精神状況できちんと働く感受性だ。その資質は先天的な部分が多いし、ガイド自身が個人的に、計算づくで生死の境界に迫るような登山を繰り返して取得するしかない。

山岳ガイドは普通の登山者であるべきでなく、ある意味で異常な体力と意志力を持つ人間でなければならない。その異常な資質を隠して、一般の常識人として穏やかに人交わりが出来る必要がある。
トムラウシ縦走ならば、避難小屋をあてにせず全員分のテントと食料を担いで、その上で適切なガイドも出来るのでなければ、山岳ガイドとして難しい。

以前、槍ヶ岳の山頂付近で、ルートを間違って困っている登山ツアー会社のお客さんと"認定ガイド"を、まとめてガイドして山小屋まで下した経験がある。その時の"認定ガイド"は若い小柄な女性だったが、お客さんからの無言のプレッシャーに目が泳いでいた。
大学でアウドドアサークルに入っていたという若者や、山好きで個人登山の経験もあるが煙草と酒も大好きな自称登山家のおじさんをガイド講習会に参加させ、形式的にガイドとして認定し、認定ガイドという顔写真入りネームプレートを首から下げさせ、何十人ものお客さんを案内させるような方法には疑問が残る。

安全への要素を、少しづつ、次々と寄せ集めることができる感受性。これは恐怖から発生するものだ。山で自分の死を認識した時の恐怖感。お客さんを連れてルートを一時見失う時の、こめかみにツーンとくるような焦燥と恐怖。死んでしまった人間の身体損傷の無残さを見る時の衝撃と恐怖。

その恐怖や衝撃や焦燥を身をもって知っていなければ、臆病にもなれないし、克服するための準備もできない。その準備は当然に企画段階から恐怖と共にある。今回の登山ツアーの企画には、こうした山岳ガイド本来の恐怖と臆病が反映されていないと思う。



起こってしまったことを考える

起こってしまったことの内容には、起こしてしまったことの要素が含まれている。しかし、「これが原因で事故が起こった」というようなひとつの決定的な原因の存在は稀だ。

多くの場合、些細なミスや鈍感さ、杜撰さ・・・それぞれの間違い自体は他愛のないものであって、それらの他愛のないミスが積み重なった先に、山での大量遭難死がある

端的言えば山に登ろうと思い立った時点から、少しづつ死へと方向転換しているのだ。お客さんにそのような意識はないかもしれない。しかし山岳ガイドにとっては、この意識が立脚点だ。

そのうえで、少しづつ対策を講じて、落ち穂拾いのように安全を拾い集めて、やがて「これでOK」という考えが持てるのだ。怖がることが安全。その為には自分でその恐怖に直面できる登山を潜り抜けるか、最低でも起こってしまったことを真剣に考え、忘れないことが重要だ。

『羊蹄山中高年ツアー登山の遭難事故分析』

『ある遭難裁判判決に寄せて』

心ならずも 大好きな山で 絶望と共に逝かれた方々・・・冥福を祈るですませるな





[ 2010/05/05 00:41 ] その他もろもろ | TB(-) | CM(0)

ネパールでわしも考えた(山崎)

以前「インドでわしも考えた」というタイトルの軽めの本がありましたが、この本も今回のお題も、堀田善衛の「インドで考えたこと」が元ネタです。堀田先生は学生時代の私にとっての"知の巨人"でありました。

当時の私の"知の巨人"には、丸山眞男、それから「照葉樹林文化論」の中尾佐助もその一人でした。ここ15年ほど一緒に山岳ガイドをしているM兄は岡大生物科学研の頃なのか、中尾先生の講義を直に聞いたことがあるそうで、なんでもその講義よりも著作『栽培植物と農耕の起源』(貴重な岩波1969年の第6刷を拝借したままです・・・感謝)の方が10倍は面白いと、好悪是非定かならぬことを言っていましたな。この照葉樹林文化論からは、ナラ林文化、稲作の渡来と鉄の生産が絡みあった、『もののけ姫』の背景のような日本文化論への展開(中尾先生の理論ではありません)があって、これを語ると数時間かかるので誰かに気が向いたときに語らせて頂くとして・・・

前置きが長くなってしまいました。

今回はネパール辛口報告です。



何かというと、『観光登山という良く出来たビジネスモデルの中で、就学年齢にある子供の人権が危ういかもしれないということに、我々登山客が意識を持ったほうが良い。』 ということ。

ただし、論点は"登山"では無くて"社会"の問題であって、『観光登山』というビジネスモデルの是非論ではありません。



確かに『観光登山』についても、ハイキャンプまで食堂とキッチンとテントをシェルパメンバーが運び上げるという登山形態には本当にビックリしました。(今回のメラピークはルート状況から特殊な山なのかもしれませんが) 私の経験上、6500m級の未踏峰や8000m峰への遠征では、こんなことは考えられませんでした・・・

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外国人登山客が完全装備でゼ~ゼ~言いながら登るすぐ傍を、若いポーターたちが重い荷を背負いつつスニーカーで登ってゆく。時にはカレのベースキャンプからハイキャンプまで往復するとのこと。

完全装備の登山客と、スニーカーのポーター達・・・

私としては、心ならぬ茶番劇のような、恥ずかしいような気持ちを忘れることが終始出来ませんでしたが、シェルパもポーターも生活のために働いているのだから、『自分の考える登山は諦めて、今回は彼らの生活の糧になろう・・・』と自分に言い聞かせる必要がありました。

登山のタクティクスも全てシェルパ任せで、それはそれで『観光登山』としては良く出来た仕組みなのかもしれません。



しかし、今回少しだけ報告しておきたいのは、そうしたポーター達の中に、稀に就学年齢の子供たちがいるらしいということです(我々の隊ではありません)。

現在のネパール観光登山では、サーダー(シェルパのボス)がトレッキングツアー会社から仕事を請負い、自分の率いるグループで仕事をこなすようになっていますから、サーダーとしては出来るだけ人件費などの経費を削った方が利益になります。その結果、人件費の安い若年層を雇用することになるのでしょう。

就学年齢(日本では満15歳での3月31日まで)や児童労働の基準は、国や文化によって様々なルールがあるでしょうから、それを一概に私の感覚で否定することは出来ませんが、少なくとも私が関係する登山、トレッキングにおいては、今後、一応のチェック(今回のような場合ならトレッキングツアー会社にチェックを求めるという方法で)をした方が良いし、そういう現状に乗っかって登山をしているということに、私たちは無知でいるべきではない、と考えています。

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実は、今回出会った他隊のポーターに14歳の少年が数名混じっており、これは当人やトレッキング会社が意識していてもいなくても、国際的な常識では児童虐待となるでしょう。

教育を受けられない子供たちやその両親達には、そういう問題意識はありません。生きるのは辛いことと思うだけでしょう。そこから社会の階層が生まれ、貧富の差が生まれ、それが社会的なフラストレーションを増大し、近年のネパールがそうであったように多くの命を奪う事態に発展することもあります。

我々登山客は、無頓着に山に登るだけでなく、自分の登山がそういう悲劇につながっているかも知れないという意識を、ほんの少しだけでも持っていたいと、私は思いました。

ネパールで登山をすることは素晴らしいことですが、そこで関わる人達や子供たちの人権について、頭の中だけでも良いから、少しだけ心配りをしてみることも、決して自虐趣味ではないと思います。

『観光登山』は私的自由な行為であるし、そこには楽しさも達成感も確かにあると思いますが、その中に潜んでいる悲劇の種、つまりポーターとして働く子供たちの人権や未来について、外国人のおせっかいであろうとも、旅行者の偽善的同情であろうとも、見て見ぬ振りをせずに、現地のトレッキング会社に対して積極的に現実に具体的に発言したいと思うのです。




[ 2010/05/05 00:41 ] その他もろもろ | TB(-) | CM(0)

『羊蹄山中高年ツアー登山の遭難事故分析』(山崎)

1999年の羊蹄山遭難事故

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【遭難の概要】
北海道倶知安町の羊蹄山(1898メートル)(*1)に入山していた登山ツアーの14人のうち男女3人が行方不明になり、9月26日午前10時35分ごろ、捜していたツアーの男性添乗員(49)が3人を見つけた。
死亡した女性2人は京都府八幡市、無職、Hさん(64)と京都市下京区、同、Sさん(59)。一緒にいた大阪府堺市、同、Tさん(67)は26日午後4時過ぎ、消防署員らに付き添われ、自力で下山した。Tさんはやや衰弱しており、倶知安町内の病院に入院した。

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【ツアーの概要】
ツアーは大阪市中央区の旅行会社が企画した「秋の北海道100名山中級コースえぞ富士羊蹄山とニセコアンヌプリ」。40~71歳の客14人と添乗員1人の計15人(*2)で22日に大阪市を出発した。
25日午前7時半ごろ、倶知安町側から羊蹄山に入山し、午後4時半に下山予定だったが、3人が戻らないため、同夜、同社から倶知安署に届け出た。

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【事情聴取内容】

=天候=
【1】25日朝は北海道を直撃した台風18号の通過直後で、地元の登山愛好家からは「山の気象を甘くみた無理な登山だったのでは」との声が出ている。
【2】25日朝は倶知安町内は強風が吹いていた。同社によると、添乗員から25日午前7時45分ごろ、「天候が回復してきたので登れる」と連絡(*3)があったという。
【3】Tさんによると、25日午後2時ごろ、山頂から下山途中に岩場で休んでいる女性2人を見かけた(*4)。Hさんとみられる女性が体調が悪そうで、もう1人が付き添っていた。避難小屋が見つからず(*5)、3人で夜を明かしたが、冷え込みが厳しく、雨にも見舞われ、女性2人は体力を消耗して次々に亡くなったという。
【4】25日夜の山頂付近では雨まじりの突風が吹き荒れ、気温も氷点下近くまで下がったとみられる。

=状況=
【5】2人が見つかったのは山頂の京極口三角点から約200メートル比羅夫寄りで、登山道からは見えない場所(*5)。
【6】近くの避難小屋までは歩いて約30分の距離(*6)だった。
【7】2人は約1メートル離れ、高さ約2メートル、幅約4メートルの岩のくぼみ(*7)で岩に寄りかかるようにして亡くなっていた。
【8】ともに上下ジャージーの上に、フード付きウインドブレーカーの軽装だった。体はぬれていた(*8)が、外傷はなく、死因を調べている(北大で司法解剖したそうですが、おそらく低体温症から疲労凍死に至ったのだと思います)。
【9】倶知安署は27日、ツアーを企画した旅行会社の添乗員(49)(*9)ら関係者から事情聴取した。添乗員は「登山口が雨もなく風も強くなかったことや参加者の意欲が強かったことから、問題ないと判断(*10)して登山に踏み切った」と述べたいう。

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【検証】後知恵になることを承知で…

*1 秋の北海道の2000メートル級の山というのは、本州の3000メートル級の山とほぼ同程度の気象条件を有していると考えるのが妥当です。

*2 なぜ山岳ガイドは同行しなかったのでしょうか。この旅行会社も、企画段階ではプロの山岳ガイドの参加を検討したに違いありません。当時、ニセコを知り尽くしたほどの添乗員が存在していて、プロガイドは不要となったのか、あるいは、旅行会社も競争の激しい京阪神のことですし(価格競争に勝つ為に山岳ガイド経費を節約する為)、お客さんも”山馴れ”した人が多いでしょうから(旅行会社も”客馴れ”してしまった結果)、安易な企画・運営に陥ったのではないでしょうか。

*3 この添乗員に、判断能力があったのでしょうか。能力があったのに判断を間違えたならば、この添乗員の過失致死。添乗員に能力がなかったのならば、旅行会社に違法性があったことになります。裁判になれば、刑事上はこのあたりが争点ですが、旅行会社が経済活動としてツアーを実施する以上、会社の利益にならないことは出来ません。会社利益(商業利益)と顧客利益(面白さと安全)のバランスが難しいところです。

*4 死亡した2名を発見した男性は、この2名と同様、パーティーから外れていたと考えられます。こういう場合(天候が悪い、特に濃霧の状態)、絶対にお客さんを見失ってはいけません。

*5 *6 ともに、完全に道に迷っていたのだと思います。(⇒事前説明と登山中の人数確認が行われなかった。)

*7 *8 ビバーク用のテントを持っていなかったようですが、これくらいの山で、軽装での悪天候下のビバークは無理です。カッパとセーターと非常食(板チョコ1枚)があれば凍死はしていないし、男性1名は動けたのですから、捜索隊と連絡を取れたと思います。3日間行方不明などというのに比較すれば、発見は早いほうなのです。今回は、女性2名があまりに早く死亡してしまった原因が、個人装備の不備・旅行会社からの指導不足にあったのではないでしょうか。

*9 この添乗員に登山経験があったか不明です。いずれにしても、登山のプロとしての経験を基礎に顧客を納得させるだけの説得力がなかったのでしょう。

*10 これが一番の問題。商業ガイド登山では、顧客利益を確保した上で、それをまた会社利益とバランスさせることになります。この複雑な関係中で、旅行会社が悪天候を理由に、顧客側の『登山を楽しむ』という利益を、安全の為に取り上げることは非常に(特に現場にあっては)難しいことです。あまりはっきりした天候でないときはなおさらです。旅行会社と客の契約関係の外にあって、適正に判断できる第3者的な立場が必要で、それが山岳ガイドなのではないでしょうか。

【その後の経過】

ツアー登山遭難死、添乗員に有罪判決札幌地裁
(2004年3月17日・http://www.asahi.com)

北海道の南西部にある羊蹄山(1898メートル)の山頂付近で99年9月下旬、K社(大阪市)が企画した14人のツアー登山に参加した京都府の女性2人が道に迷って凍死した遭難事故で、安全確保を怠ったとして業務上過失致死罪に問われた同社添乗員のA被告(54)に対し、札幌地裁は17日、禁固2年執行猶予3年(求刑禁固3年)の有罪判決を言い渡した。

裁判長は「被害者は適切な引率を受けられず凍死した。軽率な過失で、遺族は厳罰を望んでいるが、被告1人で引率した背景に利益優先の企業体質があり、被告のみに責任を帰するのは酷にすぎる」と述べた。

旅行会社による登山ツアーの遭難事故で添乗員の刑事責任が認定されたのは初めて。A被告は起訴事実を否認しており、即日控訴した。

判決によると、A被告はツアー登山を企画して販売、添乗した。降雪期直前で、山頂付近は迷いやすい地形のうえ、濃霧で道に迷う可能性があった。A被告は1人で14人を引率して99年9月25日朝に登山口を出発。同日午前11時半すぎごろから26日未明までの間、京都府八幡市のHさん(当時64)と京都市下京区のSさん(同59)を山頂付近で迷わせ、凍死させた。

判決は「契約上、添乗員は天候などを考慮してツアーを中止する権限がある。危険防止の義務があった」と指摘。そのうえで「当時の天候状況から迷走して凍死も予見できたのに、被告は2人が集団から遅れたのに合流するのを待たずに登山を続けた。注意義務に反した」と判断した。

弁護側は最終弁論で、「力量の異なるほとんど初対面の10人以上のメンバーを統率するのは不可能。被告が指揮をして全員を一致団結して下山させることは、要求もされていなかった」と無罪を主張した。

凍死した2人の遺族はK社とA被告を相手に、総額約1億2千万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こしている。

山での遭難事故をめぐっては、北海道のニセコ山系で98年1月に雪上ハイキング中に客を雪崩に遭わせたとして、山岳ガイドが業務上過失致死傷罪に問われ、有罪判決が確定している。
[ 2009/02/04 00:52 ] その他もろもろ | TB(-) | CM(0)

『ある遭難裁判判決に寄せて』(山崎)

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登山ガイドに猶予判決北海道大雪山系の遭難死
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2004/10/05 神戸新聞より

北海道大雪山系トムラウシ山(2、141メートル)で登山客の女性を遭難死させたとして、業務上過失致死の罪に問われた登山ガイド(当時)の判決公判で、旭川地裁の餘多分亜紀裁判官は5日、禁固8月、執行猶予3年(求刑禁固8月)を言い渡した。餘多分裁判官は判決理由で「台風が接近する中で登山を強行するという、プロとは言い難い軽率な判断をした責任は極めて重い」と指摘、同時に「事件後はガイドを辞め、被害者の遺族に謝罪している」と述べた。判決などによると、被告の登山ガイドは自ら登山ツアーを企画し、2002年7月11日早朝、当時54歳から69歳までの男女7人を率いてトムラウシ山に入山。しかし、台風による悪天候で山頂付近で動けなくなった。同被告ら7人はヘリコプターで救助されたり自力で下山したが、福岡県の無職Tさん=当時(58)=が凍死した。

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アルプスでの山岳ガイドでは、たいてい我々が一番多くの人数を引き連れていることが多いのですが、他所のガイド登山の様子を見ていると、"ほんとにそれで大丈夫?"という登山ガイド(?)達がいます。本当に厳しい登山の経験をしていないことは、身振りや態度で分かります。実際に昨年の槍ヶ岳では、A社のお客と登山ガイドをまとめて我々が『ガイド』すると言うこともありました。


その上でこういう記事を見ると、裁判官に当時の状況を理解して裁けるはずはないのですが、やはりという気もしますし、このガイドさんは明らかに過失を犯していると思います。が、、、、"お前が悪い"ですまない、不安を感じることも事実です。他人事ではないというか...

先週末、30人連れて西穂に登ってきました。山岳ガイドは私とMさんと、昨年始めてヒマラヤ登山隊長を経験した後輩Uの3名、それと添乗員1名。お客さんの1人が独標から先を見て、あまりの怖さに断念。それ以外は全員登りましたが、いやいや疲れた疲れた。独標から先の往復は4時間余り緊張しっぱなしでした。小雨が振ったり止んだりだったので、岩もすべり易い雰囲気で(実際にはあまり滑らない岩質なのですが)、頂上下部のちょっとした岩壁部分は一人づつ、ガイドが真下に付いてガードしながら降ろすのに30分たっぷりかかりました。頂上~独標の下りでは、お客さんは緊張を失わずに保つ事を強いられたと思います。皆さん怖かったと思いますが、怖がっているうちは事故は起こりにくいもの。独標を越えたところでそろそろ雨が本降り、ヒヤヒヤものです。


というのはこの2週間前に、同じ西穂でやはり30名あまり連れて登り、途中で断念しているのです。このときは、何とか独標まで行きましたが、どうもその先が危なっかしく思えて、お客さんに待ってもらって僕一人先行して様子を見たのですが、独標で待っているMさんから"お客さんが冷えてきてるから早めに決めるように"との要請、その場で"引き返しましょう"ということになりました。実はこのあと、天候は回復しました。ロープウェイ駅に着いたころには青空も。僕一人悔やんでましたが、お客さんは全員、我々の判断を信頼してくれているので、もちろん文句を言う人はありません。秋空の中、爽やかな下山を楽しんで帰りました。

断念した理由は感覚でしかありません。本番前の7月に偵察山行して注意箇所は頭に入っているので、そのまま進んだ場合にどうなるかははっきり想定することが出来ました。あの時進んでいれば、何とか全員引っ張ってゆくことは出来たかもしれません。しかし、ほんの小さな不測の事態が起こった時点で、もう登山ではなく、サバイバルになると感じて引き返しました。こういう時の判断は、たいてい早いし、あっさり決まるものですが、いつも決めた後での疑問は残り、悪かった天候は回復する事が多くありますます。もちろん判断変更はありませんが。

2週間前の断念と、先週末の登頂成功と、どこが違っていたのかというと、具体的には風の強さですね。そして何よりも、そこから僕が感じる危険の度合いが、明らかに違っていました。したがって僕が一番怖いと思うのは、自分の危険に対する感覚・嗅覚が鈍ることですね。そうなると、もう人を連れてゆく自信はありませんし、許されません。いつかそういう時も来るのでしょうか?来ると思ったほうがいいのでしょう。

そのときは、釣りでもしながら、プライベートでブラブラ登ることにしましょう。ではでは...
[ 2009/02/04 00:47 ] その他もろもろ | TB(-) | CM(0)
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