岡山大学山岳会・岡山大学山岳部

ネパール西部・ダウラギリ地域の学校と村落支援・交流活動

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2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その1(山崎)


その2 / その3 / その4 / その5 / その6

Day4 10月2日 ダルバン→ダラパニ

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今日から足をつかう。久しぶりに歩くのが嬉しい。ネパリにとって神様である牛、鶏や驢馬や羊と前後し、すれ違いながらのんびり歩く。歩く喜びを噛みしめたのも束の間、ダラパニに到着。

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ダサイン祭の最中でもあり、ダラパニではいつもより多くなっていると思われる大勢の村人から盛大な歓迎を受け、こそばゆく、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。皆素敵な笑顔で迎えてくれ、ナマステの挨拶にほっこりする。私たちの為に祭日の貴重な時間を割いてくれる、それが一番ありがたいことだと思う。

贈呈した望遠鏡に興味津々の子供たち、いや大人達も、列をなして順番待ち。中には覗きたいけど恥ずかしくて近づいてこられない子もいる。陽が落ちてからも、望遠鏡の列は続いている。ムーディーな尺八の音色を聴きながら眺める月の美しさは格別だ。

そう言えば、祭りの最中ということで先生たちが少ないのだろうか?先生たちとの話し合い、意見交換の場が少なかったことが気になった。お祭りのためだとすれば、普通の時期の方が、より現場の意見が聞けそうな気がする。そもそも、先生は何人いらっしゃるのだろう?夜空には満天の星、星座が間近くに見える迫力に、落ちてくるわけもない星たちを両手で支えたくなる。


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ダルバンを出発してしばらく行くと急登が始まり、登り切ったあたりでダウラギリ主峰を見た。久しぶりに見る8000M峰。これからあの大きな山の麓を周ると思うと、何か現実的でないように感じるほど遠く見える。

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セリキサニ校のあるダラパニ村の手前まで来ると、歓迎の村人たちが集まっているようだったので、少し手前で隊長一行を待つことにした。天気上々。


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(2年前のランタン谷、4年前のメラピークの頃と比べて、ネパールの社会生活は部分的にですが確実に変化しています。その最も顕著な例の一つがインターネットの普及だと思います。)

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Day5 10月22日 ダラパニ

お祭り兼歓迎式典に参加。素敵な踊りを披露してくれた皆さんは裸足だ。だが、踊りたくても家庭の事情が許さない子らもいる。悩ましくも切ない。式典後、望遠鏡タイム。おじいさんもおばあさんも、空を覗いた後、皆さん一様に目を丸くし驚いた表情、それが楽しい気分にしてくれる。

幸せな気分でながめていると、たくさんの村人からポートレート撮影を頼まれるので、喜んで撮らせていただく。にわかカメラマンに変身。撮影後は皆さん必ず本人確認する。概ね満足してもらっている様子。そんな中で自分の姿を見て若かりし頃とのギャップに唖然とするおばあさんが印象に残った。いくつになっても乙女なのだ。


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セリキサニ校のネット環境を使って、留守の間日本で進行中の仕事の業務連絡を少し。ローマ字で読みにくい業務連絡だが、心配事もあったのでホッとした。この業務連絡を受け取った人たちは、後日英語で返信をくれたり、ネパールからの連絡に感激したりと、様々な反応を返してくれることになる。

セリキサニ校のコンピュータ室は少し整理整頓が必要なようだ。建築の現場でも同じで、可能な範囲で整理整頓して少しでもきれいにする意識が、安全や品質維持に繋がるものだ。次にここへ来ることがあれば、コンピュータ機器と電源、ネット環境の概念図を書いておくと良いと思う。手書きスケッチ程度の設備系統図で必要十分だろう。何が何箇所に何個あるか?それぞれの接続状況、電気容量、製品仕様と購入日と稼働期限等のメモがあれば、先生の入替りもわりとあるようなので、コンピュータ担当者の引継ぎには有効だ。


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(セリキサニ校庭で。子供達だけでなくおじさんおばさんも大勢きて月を見る。クレーターがはっきり見えた時の子供は顔つきが変わるのが分かる。はじめはニコニコ嬉しそうにしていたのが、真剣な表情になった。その子の中で何かが変化する瞬間なのかもしれない。)

その2 / その3 / その4 / その5 / その6
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[ 2013/01/10 23:24 ] ネパール学校・村落支援 | TB(-) | CM(0)

2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その2(山崎)


その1 / その3 / その4 / その5 / その6

Day6 10月23日 ダラパニ→ファリアガオン

朝出発時に本隊と別れる。K隊長、A子さん、Mさん、Yちゃんと挨拶。やはり寂しいものだ。S先生はものすごい力で握手しながら『絶対に無理はするなよ』と。隊長がY先生からの医薬品を持ってゆくよう奨めて下さり、ありがたく使わせて頂くことにした。これがトレッキング後半にシェルパメンバーが故障した時、その応急処置に大いに役立った。

タカム、マチムを過ぎてファリアガオンに到着し、ここで今回と昨年の支援物資の確認をしておきたいのだが、学校内には何もなく、学校関係者も見当たらない。バッティ(茶屋)のおばさんに訊ねたりしながら、やっと学校の庶務担当らしき人を見つけて説明。『コンピュータやプリンタ、電源の現状を見たいので案内してくれますか?』『コンピュータはここ(学校)にはありません。』・・・え?

・・・しばらくして、昨年の支援物資を詰めたダンボール箱が運ばれてきた。もしかすると電源の問題などで、学校以外の場所で使用していたのかもしれないが、だとするとその現状をきちんと見ておかなくてはならない。こうなると今回の支援物資も、受取った人たちと一緒に現場で確認することが必要だ。しかし当事者能力のある関係者はマチムに出掛けており今日は帰ってこない様子。結局、明日早朝に帰る予定のパンディさん(ダンパンディ校創設者の息子)に面会し、お互いに確認し合う事にする。

今日はファリアガオンを数時間滞在のみで通過し、ムリまで行く予定だったが、このまま放っておく気になれず宿泊を決め、ダンパンディ校の校庭にテントを立てる。すぐ隣で遊んでいる子供達が覗きに来てくれるので楽しい時間だ。明日はムリを越えてボガラまで歩くこととなり、1.5日分、約10時間行動となるだろう。


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(ファリアガオンのダンパンディ校と支援物資)


Day7 10月24日 ファリアガオン→ムリ→ボガラ

ムリでは多くの家の屋根に太陽電池パネルがついていた。公的助成と自己負担で設置されたという。

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(ムリの太陽電池パネル)

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(ボガラのキャンプ地)


Day8 10月25日 ボガラ→ドバン

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(ドバンキャンプ)


Day9 10月26日 ドバン→イタリーBC

何度も渡渉すると、ダウラギリが迫力を増しつつ、だんだんと近づいてくる。高度3000mを越え、呼吸も怪しげになる。ゆっくりに拍車がかかるかなりの急登は壁と見紛うほど。200m登っては100m下り、また200m登り・・・これを何度か繰り返す。ラストの急登は、ユーン・ポリョ、雪が降っていた。10時間歩行、17:30イタリーBC着。長い一日だった。

一昨日、昨日と長時間行動が続いたので、今日のイタリーBC到着後、明日は高度順化も兼ねて休養日の予定だった。シェルパたちも休みたい気持ちを何となく訴えてくる。しかしこの調子で明後日一気にダウラギリBCに上がれるだろうか?それよりも明日少しでも上部のジャパンBCまで上がっておけばリスクが少ないのではないだろうか?サーダーと相談して明日はジャパンBCに上がって半日休養とすることに決定。ここイタリーBCは予想以上に寒い。ダウラギリ主峰西端のマジャール壁が目の前に立ち塞がり、氷壁の冷気がしのび降りてくる谷底のカルカ(放牧地)だ。

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(断崖に掘られたルート)

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(イタリーBC・すごく寒いが食事を買えるところ)

その1 / その3 / その4 / その5 / その6

[ 2013/01/10 23:22 ] ネパール学校・村落支援 | TB(-) | CM(0)

2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その3(山崎)


その1 / その2 / その4 / その5 / その6

Day10 10月27日 イタリーBC→ジャパンBC

昨夜あたりからトイレに行くのが苦痛になりはじめる。極寒の中、テントの外に出る。しかも2時間おき。それでも、もっと水分摂取せねば。目標は一日2リットル!Oh~!

出発。イタリーBC直下、いきなり急斜面のトラバース。悪路で脆い石に掴まりつつ、肩に力がはいる。このルートは近いうちに使えなくなるかもと思いながら慎重に下る。そして対岸はザレ場の急登。気が抜けない。ジャパンBCまで途中から谷間を歩く。両脇が切立ち、落石もダイナミック。恐怖心を煽られる。同じような景色が続くが、山がだんだんと迫ってくるのが分かる。相方の口数が少ないのが気になる。高度は4000mを越えた。


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(スイスBCはイタリーBCとジャパンBCの間にあり、ここから左のツォーラボン氷河に上がるルートがあると思われる。)

イタリーBCからしばらくするといかにも氷河のモレーンエンドを歩いている風景になる。つまり崩れやすい堆積土の凸凹を延々と歩くわけだ。イタリーBC直下のルートは土砂崩れで不安定になっていて、大人数で歩くのが怖いような悪い斜面を200Mほど下った。悪斜面の対岸をまた200M程登って振り返ると、ロシア隊が悪斜面をソロリソロリと下っているのが見えた。彼らは毎日我々の1時間あとから出発し、キャンプ地手前で追い抜いてゆくという賢い方法をとっている。我が隊は彼らの道案内にもなっているということだ。しかし、シェルパレスで各自が自分で食事を作りながらのトレッキングスタイルは気に入った。

そういえばもう1隊、昨日まで前後して歩いていたオーストリア隊がイタリーBCに上がってきていなかった。気の良いおじさんおばさんのパーティで、休憩の時など言葉は通じなくてもお互い笑顔で挨拶し合い、気に掛け合っていたのだが、やはり体力的にイタリーBCに届かなかったのだろうか?数日先行していたイギリスのグループでは、寒さのためにイタリーBCから帰る人もいた。多くの隊がイタリーBCまでで引き返すのだということを知った。確かにここが平地と高所の境目だった。

ようやくジャパンBCに着くと、今日は半日休養どころではないとわかった。高度障害が出ていることは、食欲減退に現れている。日本から持ってきたフリーズドライのスープが頼りとなる。しかもすごく寒い。あとから来たロシア隊もここで泊まることにしたようだ。『ダウラBCまで行かないの?』と聞くと『デーンジャラス!』と言っていた。怖いものなしに見えるが、ちゃんと考えているようだ。


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(ジャパンBCとそこから見るツォーラボンピーク。1975年のダウラギリ5峰(7618M)初登頂の遠征ではこのピークの下部岩壁を越えて、ツォーラボン氷河上にベースキャンプを設営したと思われる。)


Day11 10月28日 ジャパニーズBC→ダウラギリBC

ビスタリ、ビスタリ、本日も登ったり下ったり、昨日までより振れ幅は少ないが高所なのでしんどさ倍増。砂や岩の下が氷のため気を付ける。しかし、ときどき滑る。今日は二人とも顔がめちゃめちゃ腫れている。キャンプ地は氷河の上。だが、我らのサーダーは少しでも過ごし易そうなベストポジションに設営してくれた。

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(ダウラギリ5峰を後ろに、ツクチェピークを前方に見つつ、氷河上をゆっくり登ってダウラギリBC到着。)

ダウラギリのお膝元で相方は感慨深げ。そっとしておく。

自分はと言えば、正直あまりピンとこない。人は、そんなに素晴らしいところに居るのに…と思うかもしれないが。ただ、身体は何かを感じている。「雪男を見て来るべし」とのS先生のお言葉に忠実に反応しているのだろうか?ということは雪男に遭遇できるかも?と期待したが、どうやら身体が感じていたのはダウラギリのダイナミックさだったようだ。息を飲むほどの素晴らしさにただただ圧倒される。

高度4740m。これまで以上に動作が緩慢になる。歩くのはもちろん、食べるのも、着替えるのも、ゆるゆるとスローモーションのように、一つずつこなす。


目の前に、ダウラギリ主峰北壁、まったく、言葉が無い。素晴らしい。

ポストモンスーンの登山期間もそろそろ終わるので、ベースキャンプには我々とロシア隊の2隊のみ。北壁の高度差は約3,500mあり前人未到だが、最上部の懸垂氷河を越えることは人間には無理のように思えてしまう。ネパールの内戦で中止になった岡大ダウラギリ主峰遠征の小さなリベンジが出来たかな?

いよいよ明日は、人類初の8000M峰登頂にまつわるフランス隊の足跡を残すフレンチパスを越える。


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(ダウラギリ北壁はデカかった。アイスフォールも物凄いがどこか懐かしい。春に竹内さんが登った北東稜ルート上部が少し見える。クルティカやマッキンタイアがアルパインスタイルで駆け登った東壁を見たい。)

その1 / その2 / その4 / その5 / その6

[ 2013/01/10 23:20 ] ネパール学校・村落支援 | TB(-) | CM(0)

2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その4(山崎)


その1 / その2 / その3 / その5 / その6

Day12 10月29日 ダウラギリBC→フレンチパス→ヒドンバレー

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朝、初嘔吐。お腹に何も残っておらず胃液のみ。吐いても吐いても水を飲む。そして、食べる。それ以外は体調良好。今日は、ほぼ登りばかりだ。下りはない。ゆるい登り、急すぎる登り、取り混ぜながら一歩一歩、長い道のり。苦しくなるとずっと唱えていた「千里の道も一歩から」。

今は何歩目?と、ときどき邪念がわく。サーダーが何故かスパルタで、休憩は少なく、今日に限って言えば馬車馬気分を満喫。

10歩登り、止まる、また10歩登り、止まる、を繰り返し、とうとうフレンチパスに到達!やった~!皆で喜び合う。サーダーも踊りだすが、フレンチパスには強風が容赦なく吹き荒れている。撤収。高度5360m、今回の最高地点を満喫する間もなく、大強風に身体を飛ばされそうになりながら、雪上を下りる。もちろん、この後も登りあり、アイスバーンあり。そして、ここからが長かったのだ…。


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(ダウラギリ主峰に背中を押されながら、苦しさに耐えつつ先頭について行く。空気は平地の半分となる。)

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(フレンチパスは強風で雪もつかず極寒。1950年のフランス隊がここからもう1時間下降していたら・・・)

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(フレンチパスからの下降路)

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(ヒドンバレーでは水の確保が難しくキャンプ地探しに苦労した)

ダウラギリ主峰北東コルのアイスフォールを右に見つつ登り、やっとの思いでフレンチパスを越えると、風景はチベット的様相。フレンチパスとタパパス(ダンプスパス)という5000Mを超える二つの峠によって隔絶されたヒドンバレー。北の沙漠へと雪は流れ、山はただひっそりと言葉も無く、月世界の昼間のようだった。

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上の写真はヒドンバレーから南西方面(上方)を見たところ。左の平らな雪の稜線の日向と日陰の境界あたりがフレンチパス。その左の稜線上からダウラギリ主峰が覗いている。

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ヒドンバレーが下っている北の方角が、やはり気になる。辿ってゆけば、チャクラボットからいくつかの峠を超え、いずれドルポの北に出るだろう・・・と想像しつつ歩いた。次は旧ムスタン王国の土地へ行こうと決めた。


その1 / その2 / その3 / その5 / その6

[ 2013/01/10 23:19 ] ネパール学校・村落支援 | TB(-) | CM(0)

2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その5(山崎)


その1 / その2 / その3 / その4 / その6

Day13 10月30日 ヒドンバレー→タパパス→ヤクカルカ→マルファ

夜中のトイレより苦痛なものはない。が、相方曰く、私は鼾をかいてグ~スカ寝ていたそうだ…。

テントの内側に氷が張っている。テント内気温、マイナス6.8℃。動き出すまでかなりの時間がかかるため、自分にはっぱをかける必要がある。

それにしてもヒドンバレーは何とも言えない風景が広がっている。ここから見るダウラギリはガンバレば登れそうな雰囲気を湛えている。ちょっと登ってみようかと思ってしまいそうなほど。さぁ、今日も登ろう。千里の道も一歩から。


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(5180Mで泊まった翌日にまた5300M程度まで登るのはきつい。やっと登り切って視界が開けると・・・)

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(ニルギリの美しい連峰が見えた。しかしここからまた長いアップダウンが延々を続く・・・)

足下は早い段階で雪に変わる。もれなく氷もついてくる。雪が深くなり、キックステップ、ツボ足を強いられ、頭がくらくらする。あれを越えたら向こうへ、越えたら向こうへと、上方へ永遠のトラバース・・・デジャヴかと思う。しかも好天。陽射しがものすごく、ジリジリと音を立てて顔が焼けていくのが分かる。高所で雪焼け、悩ましい。

下りが始まっても、その向こうに見える見事な急登に何度か心が折れそうになる。が、ムーミン谷の冬のような景色にウキウキしたりもする。そんな私の後方で相方は失神しかけていたそうな。ごめん、ノー天気で。目の前にはニルギリがでんと見守ってくれている。そのニルギリの見える高さで確実に自分たちが下っていることが確認でき安堵する。


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(昼過ぎには雪崩が出始めた。ようやく雪原を抜けて遥かにジョムソンを見る。もうテントで寝る気は無し。)

そして、ものすごく下にヤクカルカが見え、そのまた下にマルファ、その向こうにジョムソンまでもが視界に入った刹那、本日のテント泊予定地ヤクカルカをスルーし、一日早くマルファまで下山するということに相成った。このマルファまでの山道のすさまじさったら・・・。
トレイル終了地点で発した言葉が「疲れたよー!長かったよー!ポクラギョー!(腹減った)」だったのは言うまでもない。


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(ロッジの温かい食事を夢見てひたすら下降。約2600Mを一気に降りるが、途中で日が暮れたので最後の2時間はヘッドランプ行動。)

その1 / その2 / その3 / その4 / その6

[ 2013/01/10 23:18 ] ネパール学校・村落支援 | TB(-) | CM(0)

2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その6(山崎)


その1 / その2 / その3 / その4 / その5

Day14 10月31日 マルファ→ジョムソン

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(美しいマルファの街。チベット系難民が多く住んでいる。ここからジョムソンまでバスで30分。)

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(ジョムソンからダウラギリを見る。ニルギリ山麓、西ネパールのハブ中継地。ムスタン・ドルポへの入り口)

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23日からはサーダー、シェルパ、ポーター2名と我ら2人の6人パーティだったが、結束は固く、ファミリーだった。

ありがとう、皆さん。




【日程データ】

1日目10/18岡山9:45→(飛)→11:20インチョン
2日目10/19インチョン8:40→(飛)→12:25カトマンヅ
3日目10/20カトマンヅ8:30→(飛)→9:05ポカラ→ベニ(昼食)→17:00ダルバン1110m
4日目10/21ダルバン8:44→11:25ダラパニ1560m
5日目10/22ダラパニ
6日目10/23ダラバニ8:10→12:20ファリアガオン1850m(泊)
7日目10/24ファリアガオン7:30→16:50ボガラ2080m
8日目10/25ボガラ7:15→15:30ドバン2520m
9日目10/26ドバン7:40→17:30イタリーBC3660m
10日目10/27イタリーBC8:00→スイスBC→13:30ジャパンBC4085m
11日目10/28ジャパンBC8:10→12:30ダウラギリBC4740m
12日目10/29ダウラギリBC8:00→12:55フレンチパス13:00→14:00ヒドンバレー5180m
13日目10/30ヒドンバレー8:00→タパパス5258m→ヤクカルカ3680m→18:00マルファ2670m
14日目10/31マルファ10:00→(車)→10:30ジョムソン2710m
15日目11/1ジョムソン
16日目11/2ジョムソン7:20→(飛)→7:40ポカラ(朝食・昼食)13:30→(飛)→14:15カトマンヅ
17日目11/3カトマンヅ
18日目11/4カトマンヅ
19日目11/5カトマンヅ15:20→(飛行機)→25:00インチョン
20日目11/6インチョン18:40→(飛行機)→20:05岡山



【地域データ】

DhaulagiriRegionには北からMustang・Myagdi・Baglung・Parbatの4つのDistrictがある
更にMyagdiDistrictは約40のVDC(VillageDevelopmentCommittee)に区分されている
DarbangDharapaniTakamSibangMachhimはTakamVDCに属する
PhaliyaGaonMunaDaraはMunaVDCに属する(Magar族が多い)
MuriはMuriVDCに属する

Myagdiの人口構成は約60~70%がMagar族とGurun族
Dharapaniの人口構成はChhettri族Magar族Thapa族(いずれもインド系・対岸はチベット系が多い)

PhaliyaGaonのDhanPandgy校は公立学校(生徒450名・現在移転工事中・校名も変更の予定?)
創立者DhanPandgyさん(Kathmandu在住)の親族(兄弟・息子TharaPandgyさん)等10~15名が運営
教師の赴任は上記の運営メンバーが決定している
学校の予算は公的に支出されているが移転費用などは村民も供出するという


【NEPALの学校データ】

小学校  1、2、3、4、5 (年)
中学校  6、7、8
高等学校 9、10

ダラパニのセリキサニ校は Secondary High School
中学校  6、7、8
高等学校 9、10

就学年齢は決まっていない
年間、3回試験が実施され、合格せねば次の学年に進めない。

NEPALの英語教育
公立校 中学校~ 1日1時間
私立校 幼稚園~小学校以上 ネパール語の授業以外は全て英語


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