岡山大学山岳会・岡山大学山岳部

ネパール西部・ダウラギリ地域の学校と村落支援・交流活動

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2012秋ネパール学校支援~ダウラギリラウンド その3(山崎)


その1 / その2 / その4 / その5 / その6

Day10 10月27日 イタリーBC→ジャパンBC

昨夜あたりからトイレに行くのが苦痛になりはじめる。極寒の中、テントの外に出る。しかも2時間おき。それでも、もっと水分摂取せねば。目標は一日2リットル!Oh~!

出発。イタリーBC直下、いきなり急斜面のトラバース。悪路で脆い石に掴まりつつ、肩に力がはいる。このルートは近いうちに使えなくなるかもと思いながら慎重に下る。そして対岸はザレ場の急登。気が抜けない。ジャパンBCまで途中から谷間を歩く。両脇が切立ち、落石もダイナミック。恐怖心を煽られる。同じような景色が続くが、山がだんだんと迫ってくるのが分かる。相方の口数が少ないのが気になる。高度は4000mを越えた。


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(スイスBCはイタリーBCとジャパンBCの間にあり、ここから左のツォーラボン氷河に上がるルートがあると思われる。)

イタリーBCからしばらくするといかにも氷河のモレーンエンドを歩いている風景になる。つまり崩れやすい堆積土の凸凹を延々と歩くわけだ。イタリーBC直下のルートは土砂崩れで不安定になっていて、大人数で歩くのが怖いような悪い斜面を200Mほど下った。悪斜面の対岸をまた200M程登って振り返ると、ロシア隊が悪斜面をソロリソロリと下っているのが見えた。彼らは毎日我々の1時間あとから出発し、キャンプ地手前で追い抜いてゆくという賢い方法をとっている。我が隊は彼らの道案内にもなっているということだ。しかし、シェルパレスで各自が自分で食事を作りながらのトレッキングスタイルは気に入った。

そういえばもう1隊、昨日まで前後して歩いていたオーストリア隊がイタリーBCに上がってきていなかった。気の良いおじさんおばさんのパーティで、休憩の時など言葉は通じなくてもお互い笑顔で挨拶し合い、気に掛け合っていたのだが、やはり体力的にイタリーBCに届かなかったのだろうか?数日先行していたイギリスのグループでは、寒さのためにイタリーBCから帰る人もいた。多くの隊がイタリーBCまでで引き返すのだということを知った。確かにここが平地と高所の境目だった。

ようやくジャパンBCに着くと、今日は半日休養どころではないとわかった。高度障害が出ていることは、食欲減退に現れている。日本から持ってきたフリーズドライのスープが頼りとなる。しかもすごく寒い。あとから来たロシア隊もここで泊まることにしたようだ。『ダウラBCまで行かないの?』と聞くと『デーンジャラス!』と言っていた。怖いものなしに見えるが、ちゃんと考えているようだ。


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(ジャパンBCとそこから見るツォーラボンピーク。1975年のダウラギリ5峰(7618M)初登頂の遠征ではこのピークの下部岩壁を越えて、ツォーラボン氷河上にベースキャンプを設営したと思われる。)


Day11 10月28日 ジャパニーズBC→ダウラギリBC

ビスタリ、ビスタリ、本日も登ったり下ったり、昨日までより振れ幅は少ないが高所なのでしんどさ倍増。砂や岩の下が氷のため気を付ける。しかし、ときどき滑る。今日は二人とも顔がめちゃめちゃ腫れている。キャンプ地は氷河の上。だが、我らのサーダーは少しでも過ごし易そうなベストポジションに設営してくれた。

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(ダウラギリ5峰を後ろに、ツクチェピークを前方に見つつ、氷河上をゆっくり登ってダウラギリBC到着。)

ダウラギリのお膝元で相方は感慨深げ。そっとしておく。

自分はと言えば、正直あまりピンとこない。人は、そんなに素晴らしいところに居るのに…と思うかもしれないが。ただ、身体は何かを感じている。「雪男を見て来るべし」とのS先生のお言葉に忠実に反応しているのだろうか?ということは雪男に遭遇できるかも?と期待したが、どうやら身体が感じていたのはダウラギリのダイナミックさだったようだ。息を飲むほどの素晴らしさにただただ圧倒される。

高度4740m。これまで以上に動作が緩慢になる。歩くのはもちろん、食べるのも、着替えるのも、ゆるゆるとスローモーションのように、一つずつこなす。


目の前に、ダウラギリ主峰北壁、まったく、言葉が無い。素晴らしい。

ポストモンスーンの登山期間もそろそろ終わるので、ベースキャンプには我々とロシア隊の2隊のみ。北壁の高度差は約3,500mあり前人未到だが、最上部の懸垂氷河を越えることは人間には無理のように思えてしまう。ネパールの内戦で中止になった岡大ダウラギリ主峰遠征の小さなリベンジが出来たかな?

いよいよ明日は、人類初の8000M峰登頂にまつわるフランス隊の足跡を残すフレンチパスを越える。


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(ダウラギリ北壁はデカかった。アイスフォールも物凄いがどこか懐かしい。春に竹内さんが登った北東稜ルート上部が少し見える。クルティカやマッキンタイアがアルパインスタイルで駆け登った東壁を見たい。)

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[ 2013/01/10 23:20 ] ネパール学校・村落支援 | TB(-) | CM(0)
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