岡山大学山岳会・岡山大学山岳部

ネパール西部・ダウラギリ地域の学校と村落支援・交流活動

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Ⅱ大山に学び、鍛える(大森)

Ⅱ大山に学び、鍛える

1950年(昭和25年)から六高山岳部の指導を離れ、独自の山行を模索する事となった。大山については、お世話になり指導を受けたのは玉野高校山岳部顧問をしておられた光畑正夫氏であった。大山の夏山のすべてを特に沢登りを指導していただいた。こうしてつぎのステップを目指した時、創部以来、部を背負ってきた大先輩村上安之氏を大山二の沢上部で失った。1954年(昭和29年)8月22日。

大山の冬山も独自で挑んだ。1951年(昭和26年)冬、当時南光河原にあった米子中学のヒュッテを借りての合宿中、初めて上宝珠尾根を登って以来、着々と大山の岩壁に足跡を残した。

夏山の日本アルプス縦走は、創部2年目より実地していたが、4年目にあたる1952年夏は剣岳に10日間の合宿を行い、チンネ・八つ峰等を攻撃するまでになった。

大山から日本アルプスに活躍の場を移しつつあった1956年(昭和31年)1月、県民の皆様に心配をおかけし、かつ「ガンバレ」の声援の声をいただいた大山稜線上での5日間の「ビバーク」のあと、神田利男・土光格次郎氏が生還した。この生還について、当時大山の遭難救助の大ベテランだった故桐山武氏は、1970年(昭和45年)12月27日付の山陽新聞紙上「あれがほんとうの山男だ。」とほめている。
[ 2013/10/25 11:48 ] 岡大山岳会の歩み | TB(-) | CM(0)
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