岡山大学山岳会・岡山大学山岳部

ネパール西部・ダウラギリ地域の学校と村落支援・交流活動

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2007/11/4 『救出と再会』(山崎)

この日はOさん、MさんとTさん以外の本隊でナムチェを出発、ルクラに帰る。5:00起床。夜半からOさんの酸素ボンベ交換に人が動いている。シーガルトラベルのラムさんとの電話連絡で、ヘリフライトは予定通りOK。

6:00に朝食を頂いて、本隊はルクラへ出発。Oさんにはサーダーのラクパ=テンジンとMさんが付き添って、ナムチェ街区上部にあるヘリポートからカトマンズへ飛ぶ。Oさんは夜中に酸素マスクを外すと咳き込み、のどの痛みなど風邪のような症状となている。軽い高度障害と極度の身体的精神的疲労というところか?とにかく、一刻も早く安全にカトマンズの病院に送り届けたい。身体を壊してはしまったが、それだけ辛い思いをしなければ見られない光景を見てきたのだと、無事帰国後に思っていただきたい。

私にとっては思いがけず長いことお世話になったナムチェバザールに別れを告げ、ロッジのゴンパ部屋で般若心経を読経3回。お土産に祭壇の仏陀の前においてあった組紐を頂く。我々はドゥードゥコシ沿いの道をルクラへ向かう。Fさんは昨日から胃腸を壊して、頻繁に林の中に入っておられるので気の毒だ。私のほうは、ヘリの手配や病院の手配で忙しく動いているうちに直ってしまったらしい。

ナムチェからの急坂を降りる途中で、Oさん、Mさんを乗せたヘリが頭上高くを飛び去った。カトマンズ空港ではラムさんとプラビンさんが待機してくれているはずだ。それにしてもナムチェまでの道は遠い。最後にパグディンからルクラへの登りは、体力を消耗している場合はかなり辛かったと思う。AさんとDさんが疲れている。シェルパメンバーが大勢ついてサポートし、励ましながらひたすら歩くのみ。

17:00前。小雨が降る中を全員がルクラに到着。Aさんは感動の涙。皆、本当に辛い道程だった。ナワン=ユンデンのロッジに入り、カトマンズと通信。Oさんはラムさんと病院にいるとのこと。酸素吸入を止めると症状が悪くなる(血中酸素飽和濃度が酸素吸入中の90%台から70%台まで落ちる)ので、まだ病院からは出られないが命に別条はないとのこと。これで一安心。

お別れパーティーは日本・ネパールの歌と踊りで盛り上がった。ルクラで元気に合流されたTさんを含むトレッキング隊員、シェルパたち、キッチンメンバー、ポーターやヤク使いまで加わって、全員で歌って踊ってお開き。パーティーの最初にK会長の要請で岡山大山岳部歌(六高山岳部歌)を歌ったのだが、歌詞をすっかり忘れている。明日はカトマンズフライトで5時起き。いろいろあって疲労しているのか、9時には寝てしまった。



[ 2007/11/21 23:40 ] ネパールトレッキング記録 | TB(-) | CM(0)
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